AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

脳トレから学んだ介護と生き方  

以前の日記で話題に出した脳トレの本。
これは、母が救急で運ばれた病院の売店で、私が買った物。
脳梗塞でまだ会話がかみ合わない母に、「計算好きでしょ。これで暇つぶしでもしてね。」と渡したのが初め。
その病院では出来る余裕はなく、リハビリ病院、老健に居る間は、プログラムがあるので必要なし。
母が我が家に来て、やっと役立つときが来たのでした。
190418脳トレ
中身は、簡単な計算問題を数日行った後、脳機能検査として、3つの問題をする、これの繰り返し。
計算問題は、2ケタの足し算、引き算、掛算、それを1日100問。
いかに早く解くか脳の血流に重要で、時間を計測、答え合わせは付いていない。
脳機能チェックは、色を読む問題(例えば:緑色で黄色と書かれた文字を「緑」と声に出して読む)、暗記問題、120まで数字を数える、の3つ。
それぞれグラフにタイムや成績を記入、効果があるかをグラフで判断する。

たったこれだけなのだけど、母には効果がてきめんでした。
時々話がかみ合わなかったのが、これを3日続けて頑張ると。
4日目には全く普通に会話が成り立つ。
何だったら気を使う事まで出来るようになる。

ただ、頭の回転が良くなる一方で、落ち込みやすく、考え込むようになり。
本人が精神的に辛そうになる事が多々ありました。
それは、脳トレをしないといけない自分に苛立ちを感じてしまっていたのかもしれません。
私に検査されているようで、追い詰められた感じがしたのかもしれません。

母は時々こんな事も言いました。
「私がこんな大変な状態だって、誰もわかってない。
お兄ちゃんは来ないし、どうしてる?の一言もない。
知子がどれだけ大変な思いしてるか、起きてからずっとワンコと私の世話をして。
私は迷惑をかけている、私は居ない方がいい・・・」と。
幾ら私が、「迷惑なんて思っていない、面倒を見れるチャンスは逆に今しかなかった、だから一緒に居たいんだ」と説明しても、受け入れられない。
脳トレ云々では、すまなくなってきてしまうのです。

その為、4日続けるのが最大で、5日目からしばらく休んでしまう。
すると、途端に悪くなり始め、母自身もそれが判るが素直になれない。
いよいよこのままでは心配だと、喧嘩になりながらも説得すると。
やらなきゃいけないのはわかってる、ボケたくない、と再開してくれる。
でもまた3・4日で、続けられなくなる…の繰り返し。
なので、毎日続けたらもっと良くなるのか?という所までは、わかりませんでした。

こうした落ち込みは、一つは親心だったのかもしれません。
ぼーっとしてる時は気にならないけど、考えられるようになってくると、自分の存在が、娘の幸せを遠ざけていると感じてしまう。
まぁ、私も小言が多かったと思うので、迷惑なんだと思わせてしまったのかもしれないけれど・・・。
その小言さえ言えなくなったら、逆に私がアウトになってしまっていた。

結局
私が楽なら母が辛く。
母が楽なら私が辛い。

そんな話が出来たのは、私の家を出て施設に行く5・6日前だったと思います。
考え事をすると頭が痛いと辛そうにする母。
夜中でも、話し合いたいと言う母。
夜中だから、聞きたくないと言う母。
その日によって母の体調や気持ちはバラバラでしたが、出来る時は話し合いをしました。
時に母に無理をさせて、私の辛さを訴えてしまった事もありました。
私が限界に達し、自分を責めてしまった事も。
でも私も、きちんと理解しあってから、施設に送り出したかった。

我が家で過ごした1ヵ月半。
喧嘩しながらも、仲直りを繰り返し、お互いを理解し始めた所でした。
もう少し時間が合ったら、もっと深くわかり合えた。
でもそれと同じぐらい、お互い傷ついてしまったかもしれない。
側に居たい、でも一緒に居ると苦しい。
相手を苦しめる、そう思ってしまい辛くなる。
でも、でも、・・・と、母も私も気持ちは同じでした。

最終的には、「知子さん行ってきますね。また泊まりに来るね。」と言ってくれた母。
私も、またうちに来て良いんだよと言う思いを込めて、「行ってらっしゃい。」と送り出しました。

そして、これだけ嫌がっていた脳トレですが、効果がある事は本人が一番わかっている。
なので、次の施設に行く際の荷物に入れて欲しいと、時々頑張ってみるわ、と。
荷物に入れて持って行きました。

今いる施設はショートステイなので、積極的なリハビリはありません。
実際、自主的に出来てるかどうかわかりませんが、これを見る事で張り合いになるのかな?と。
頑張ってた自分を思い出し、過ごす事も良いのかもしれません。
あわよくば、やる気が出てくれれば。
何でも良いんです、やりがいを見つけられれば。
矛盾し混乱する心と頭と寂しさを、紛らわす事が出来ればなんだって。
無理しないで欲しいけど、頑張って欲しい。
私も矛盾してますね。

母の世話をしている間、親子で様々な気持ちの混乱や矛盾が起こりました。
きっとこれからも起こるのでしょう。

介護と言う物がそういう物なのか?
老いと言う物がそう言う物なのか?
それは私には分かりませんが、こうして生きて行くのが人間だよなと。

最近、「でも」「だって」と言葉にするなという風潮がありますが、私はそれは言っても良いと思います。
そうして悩み考えマイナス面も見たうえで、前を向けばいいのですから。
母のそんな気持ちに、どこまで寄り添えるかは分かりません。
でも、一緒に居る時はせめて寄り添える自分で居られたらなと。
脳トレ一つで大げさかもしれませんが、そんな風に思いました。
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category: 家族

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叔父さんが来てくれました  

母は兄弟が多い、そのうちの下の弟さんが母に会いに来てくれた。
母の好物の福砂屋のカステラを買ってきてくれて、母はとても嬉しそう。

私は会うのは何年ぶりだろう・・・?
もしかしたら兄の結婚式以来?
親戚付き合いを殆どしていない私は、父方にも母方にも、どこで何やってるんだ?的な存在かもしれない(^^;)

久しぶりのおじさんは、昔と変わらず、優しくてマメでスタイルの良い人だった。
そして叔父さんも大病を患っていたそうで、私がお茶の準備をして席に着くのを待って話してくれた。
細かくは個人情報なので控えますが、見た目には全くわからない元気そうな姿だっただけに、とても驚いた。
そして何より、まだ大事にしていないといけない時に、1時間以上かけて母に会いに来てくれた。
なんとありがたい事なんだろう。

写真家時代の作品ファイルを見せてくれたり。
もしもの時、救急の人が見ればすべてが判るファイルを作って持っていると見せてくれたり。
日曜大工レベルを超えた手作りの品々の写真と話題!
暖炉の薪も自分で調達!

この辺りで、知人に似た人が居るなぁと、頭をよぎる(笑)
マメな旦那さんって憧れるわ~(笑)

家族写真も見せてくれて(^^)
従妹もおばさんも皆元気そうで、なんだかとても嬉しかった♪
母との会話に話題を用意してくれていたんだろうなぁ。
そのさり気ない優しさにぐっとくるものがありました。

叔父さんに会えた事は、母にはとても良い刺激になった様子。
なんとなく、気持ちが前向きになったように感じたので、あと2日しかないけど、恐る恐る、脳トレやってみないか聞いてみました。
が、やはりやらないと。
それを聞いた私、独り言で「残念だわ」と言って話を終わらせると・・・。
しばらくして母の方から。
「素直じゃなくてごめん。明日からまた始めるから教えて。」と言ってくれました。
出来るかどうかは、明日になって見ないとわからないけど。
その前向きな姿勢が嬉しかった。
だから私も素直に、「ありがとう。」と言うと。
また「ごめんね。」と。
こんな簡単な会話で、心がほどけていくんですよね。

今日はとっても、穏やかでいい日でした。

category: 家族

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私が刺繍したって覚えてるのかな?  

母宅で着たままになってた服を幾つか我が家に持ち帰り、洗濯、修理をした。

その一つ。
お気に入りの麻のシャツ。
袖に大きな穴が開いていた。
190426ストラネス麻ブラウス袖に穴
でも母は、施設で着ると頑固に譲らない・・・。

で、私ひらめいた!
刺繍で誤魔化そうと!
自己流で思い付きですが、こんな感じでアレンジ♪
190426ストラネス麻ブラウス袖刺繍
ここだけだと、穴隠しバレバレなので(^^;)
襟にもワンポイント♪
190426ストラネス麻ブラウス襟刺繍

以前記事にあげた、胸元の大きなシミを取ったセーターも、左側のパール調のボタンがボロボロだったので外し、右の花模様のボタンに付替え♪
まるで新品に早変わり!
って、付け替えた後の写真が無いですけど(^^;)
190517アクアスキュータムニットボタン付替え

その他にも、カーディガンのかなり大きな破れを補修し、ボタンの無いロングの羽織で危なかったので、新にボタンと引っ掛ける輪っかを付けました。
これらをしてあげた時は、たいそう喜んでいたのだけど・・・。
もう忘れてしまっているみたい。
それとも、こういう事するのも、有難迷惑だったんだろうか?

昨日、私の今までを全否定する暴言を吐いて攻めてきた母・・・。
母の気持ちに応えてきた私に対し、心が無い!と・・・。
まぁ、これはいつもの癖、帰る日が近くなるとやる、母の行動。
脳梗塞も認知症も関係ない、母の布石のパターン。
わかってるのに気づくのが遅かった。
なんとかなだめられたけど、私も一旦収めるけど。
心の修復には時間がかかりそう。
この続きはまた別の期会に。
続けて書くと、ただの母の悪口になってしまいそうなので。

母のお世話もあと3日。
介護が終わったらちょっと休養します。
流石の私も、ちょっと心の回復をする時間が必要です。

category: 家族

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母の日サプライズと、最近の母  

TVを見ていると、当日前から母の日特集。
コマーシャルも母の日に絡ませて。
それを、どれだけ母が理解しているかはわからないけれど。
都合の良い事は忘れない傾向にあるので。
どうも、週末は母の日だとしっかり記憶されたようで、無言のプレッシャー(^^;)

そんな母の日どうしてくれるの?オーラを出さなくても、ちゃんと考えてるってば!

と、腹の中で思いつつ。
それを口走ったら最後、サプライズではなくなるし。
何より、何してくれるの?日曜日は母の日よね?、と毎日楽しみだと更なるプレッシャーを掛けられかねないので。
ちょっと可愛そうだけど、当日まで完全にその話題に私からは触れなかった(^^;)

で、黙~って昼食の準備♪
母はすっかりガッカリしている。
今日は母の日なのに・・・と落ち込む寸前。
と、そこへこの一言!

「ジャーン!!!今日は母の日です♪パーティーしましょう~(^^)」

と、大皿料理をテーブルへ♪
190512母の日料理
大きめのパプリカを器に、パスタを細かく切った具だくさんのグラタン♪
ゴマたっぷりの特性ドレッシングのサラダ♪
ブドウゼリーを炭酸で割ったフルーツポンチドリンク♪
バナナとレーズンの手作りパウンドケーキに、干しイチジクを添えて♪
190512母の日パーティー

持って行った途端、泣き出す母。

「嬉しい~、今日は母の日なのよね(TAT)
なのに誰も電話くれないし、会いに来てくれない(TAT)」

えっ?そっち?
泣いてる理由、そっち?
お祝いしてくれてありがとうと言う、感動の涙じゃなく。
他の家族(特に兄)から連絡がないっていう事への悔しさ?

なんかちょっとがっがりしてしまった私(--;)

そこへ、母の弟さんからの電話。
母の日だからではなく、来週会いに行っても大丈夫か?という話の電話だったんだけど。
母にしてみたら絶妙のタイミング♪
機嫌が直って、美味しい美味しいと(^^)
流石にグラタンは、1個でも多かったみたいで、途中残しかけたけど頑張って完食♪
お腹いっぱい、心もいっぱいに、なって満足した様でした。

ただその夜には、またおへそが曲がってしまって、ひと悶着あったんですがね(--;)
母の気分はジェットコースターです。
ってまぁ娘としては、母は元々、気分屋で気性の激しい人なので、これは年取ったからとか脳梗塞が原因とかではない気がしますが・・・。

認知機能の低下は、脳梗塞が原因か、年齢的な物なのか、次回病院で診てもらえることになりましたので、その結果を待つしか判断できません。

ただ・・・。

昨日は、私が居なくなったと勘違い。
我が家の階段とても狭くて急で危ないので絶対に上らないと約束してるのに、寝室に上がってきて寝ている私を起こし。
今日も私が起きていくと、冷凍庫の中身を、勝手に冷蔵庫の上に出して放置していたり。
それを出した理由が、そもそも事実じゃない状態を説明し出し。
犬はまだ私の寝室で寝てて、母の部屋に居ないのに、犬のご飯を勝手に出してたり。
朝ごはんを私と食べたことを忘れちゃったり。
それとも、食べたこと自体を覚えていないのか?
それを覚えていなかった事でへそが曲がってしまったり、他にも色々・・・。

9日に薬を貰いに通院した際、主治医に「あまり無理しないでのんびりしなさい」と言われたからと、脳トレをしなかった。
そして気が付けば1週間がたってしまい、遂に朝ごはんを食べた事も忘れる様に・・・。

計算問題の脳トレ、1回100問、数分で終わる簡単な足し算、引き算、掛算問題。
小学生レベルのドリルの様な問題を、出来るだけ早く解く事で、考え事やTVを見ている時の数倍脳の血流が上がり、結果機能がアップすると言う物。
効果は抜群で、それを3日すれば、記憶力も普通になり、何より会話が成り立つ。
母もボケたくないからと、頑張っていたのだけど。
本心は面倒くさくてやりたくない。
それを何とか、2、3日に1度、頭の回転が良くなってくると、2日続けて出来ていたりした。
でも今日遂に・・・。

面倒くさい。
やりたくない。
いっそ、ボケ切ってしまった方が楽だ。
頑張りたくない。
と・・・。

何か一つ嫌な事があると、大袈裟にウソ泣きで、しつこく情に訴えかけてきます。
その度私は辛い気持ちになるのですが、いい加減ウンザリ。
「そんな弱くないくせにウソ泣きしたって無駄、人聞き悪い言い方辞めて!」
と私が言うと、ケロッと普通の声で、再度上記のセリフです・・・。
泣き落としは計算・・・(--)
これに私は、幼少期から苦しめられ続けてきたと言うのに...( = =) トオイメ目

ただ、今まで出来ていた事が出来なくなってしまい、自分でも記憶が曖昧で訳が分からない事に苦しんでいる母の気持ちもわかります。
しかし、それは同じ病気にならないと、本当の意味では理解できない。
左空間無視の障害も、色々突っ込んで質問し、見えてる感覚見えてない感覚を理解しようと努力しましたが、結局見えてる私には本当に理解してあげる事は不可能。
耳の聞こえない人の気持ち、目の見えない人の気持ちが、本当にわかるか?と言うのと同じ事。

でもまぁ、そこまで言うなら無理にとは言わない。
今まで本人が「ボケたくない」と言っていたからサポートしてきたけど。
私の出来る限りの事は、全てやり尽くしました。
後悔はありません。
喧嘩もしたけど、私の出来る限りの愛情は示した。
それを母がどう解釈するか、どう利用するかは、この先の母次第。
私は、残りあと少し、悔いなく送り出す為に行動するだけです。

20日~施設での生活が始まるので、その為の準備も大分前からしています。
名前付けや、お気に入りの服の修理、施設で使用するハンガーや収納ケースを揃え、靴も新調。
しかし、その靴は外履きにしたいという事で、明日父に来てもらい再度靴屋へ、上履きを買いに行きます。
入所に合わせて洗濯も済ませておきたい。
でも、母が色々出しては着てしまうので、完璧には無理そうなんだけど(^^;)

脳トレの件で機嫌が悪くなりましたが、おやつタイムでパウンドケーキ出したら、機嫌が直ってくれたようです。
夜はずっと食べたがってる、とんかつにでもしますかね(笑)
私もガッツリ食べたいし(^^)

この1ヵ月半、やるだけのことはやりました。
この母の日の思い出も、嬉しい思い出が残るか?悔しさが残るか?
後は母次第、強く生きて欲しい。

category: 家族

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私は母のお母さん  

一日中、寝て寝て過ごす母。
このままではボケてしまうので、脳トレの本で計算ドリルを時々していました。
しかしここ数日、反抗期の子供の様に反発して、ドリルも拒否。
昨夜話をした時は、ボケるのは嫌だから頑張ると言っていたのに・・・。
ふて腐れて寝てしまいました。

施設でよく報告があったリハビリ拒否。
こういう状況だったんだろうか?

母曰く、私の話し方が悪いから、素直になれず反発したくなるんだと。
何の話題でも、とにかく今は私の事が気に入らないんです。
母に話しかけられ答えると、待ってました!とばかりに、喧嘩を吹っかけてくる。
私も上手く交わせるだけの頭の回転が良くないので、話を止めさせるには、頭も気力も時間もかかり。
時に私の我慢が限界になり、まるで子供を叱る様に説教してしまう事もあります。
でも、それこそ母の思うつぼなので、返答も話しかける事も躊躇してしまう。

だってね、遂に・・・。
「大丈夫?」と心配する言葉が、ムカつくんだとキレられたんです(TAT)
昔から、「大丈夫?」と聞かれるのは嫌いなんだそう。
そんなこと言われたって、普通の心配してる気持ちなんですけど・・・。
母の地雷ポイントが、全くわかりません(><)

こういう事を誰にも話せず本人にもぶつけられず、一人で抱え込む人が、介護うつになるんだろうなぁ。。。

でも幸い私は強い人なので、私のことを責め立ててくる母に、正論でお説教をします。
正論をぶつけられた母は、昔と同じやり方で言い返してきます。
で、「これが出来る間は、ボケてない。」と伝える訳です(笑)
母は病気になっても母のままでした。
でも今は、私が変わりました。
まぁ、「こんな事なら母を預かるんじゃなかった」と、ふと思ってしまうと、夜な夜な涙が止まらなくなってしまう時もありますが・・・。
ここでもこうして、少し吐き出してるし(^^;)
私の心のバランスは保たれているんです。
時に距離を取り、食事やお風呂の介助、身の回りの世話は、きっちりこなして♪

それらについては、母も感謝をしてるんだと言うのです。
それなのに私の事が気に入らないんだそう・・・。
その矛盾した心が、本人も訳が分からないのだと言う。
もしかしたら負けず嫌いな人なので、自分と比べて完ぺきにこなす私が鼻持ちならないのかも知れません。

また、反発心が起きるのは、これも理由の一つかと。
母が寝ぼけて、私の事を「おかぁさん」「ママ」と言ったのです。
しかも2日続けて(^^;)
それを話すと、言った事を覚えている母。
「だって昔からあなたは私の母親でしょ(笑)」と。
また他人が聞いたら言葉足らずで誤解を受けるような言い方をするので。
「それは親子逆転って事でしょ。」と言うと、「そうそう。」と笑いながら納得する。

私が小学生の頃から、母にとって私の存在は、「甘えられる人」
病気になった今、それがもっと母の中で当たり前に「甘えられる人」になった。
そしてそれを本人もわかっている。
そして、「甘えれば、きっと知子さんはなんとかしてくれる」そう思っている。
だから、その部分に関してはけっしてボケてはいない。

でも今は、甘えてれば済むような、そんな状況ではなない。
実際、認知機能、記憶力、判断力、思考力、どれをとっても入院したての頃よりは確実に回復しているのだけど、山を登り切って下り坂に差し掛かった辺りと言う感じ。
だから、今が大事。

急な坂を転げ落ちるか。
緩やかな坂をのんびり下るか。
そのままそこに留まれるか。

それを決めるのは、母自身。
そしてその母自身が、ボケるのは嫌、回復したいと、諦めてはいないので。
その手助けをしているつもりだったんですが・・・。
やり方が間違ったんですかね。。。

思い出せない言葉思い出したんです。
「おだてる」
私はこれが出来ない。
相手の気持ちをその気にさせる事が出来ない。
嘘つけない、お世辞が言えない、いつも本気。
それが母は気に入らない。
だから反発する。
きっとそう。
でも私も精一杯、そこまで仏になれません。
ジャンニの吐血も2度目の通院で、点滴して貰って薬の量を増やしてもらって、やっと落ち着いてきたところだし。

次の施設はリハビリ強化の施設ではない。
個室だし温泉付きだし、食事も美味しそうだし。
地域は違うが、私がボランティア演奏をしに行っていた施設と同じ系列のショートステイ。
干渉されることは減るだろうから、多分居心地は良いと思う。

見学に行って、「あそこは嫌だ!知子さんの家にずっといられるんでしょ?」と、我が家に来てすぐの頃はだだをこねていたけれど、今では、「そこに入るのが楽しみだ」と、気持ちを切り替えた様子なので、我が家に来た意味も一応あったのかな?と思いたい。。。

ってか、良い事もあるのにそっちを日記に書けない私も素直じゃないんだろうか?(--;)
等と、思いつつ。
残り約25日。
反抗期の子供の様になってしまった母と、どう向き合っていくのがベストか?
脳の機能低下を少しでも抑える事が出来るのか?
楽しい思い出作りは出来るのか?

私自身の人間性を試されている様ですが・・・。
ここで吐き出させてもらったので、気持ち切り替え頑張ろうと思います!

category: 家族

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プラマイゼロに出来ればOK!  

書きたい事があり過ぎて文章にまとまらない。
勢いのまま書いたら、とてつもなく長い愚痴日記になってしまいそうで。
って、この日記もまぁまぁ長いけど(^^;)

良い事だけを書くのは、私のポリシーに反する。
それに付随したマイナス面もちゃんと見つめたい。
それも現実なのだから、見つめたうえで前向きに捉えたい。

で、思い出せない言葉がある。
お世辞や世間体の様な事などを意味する様な言葉なんだけど。
それらをまとめて何て言うんだったか・・・?
どうやらその言葉は、私の辞書にはないようで。
何十年と前から、何度覚えても、すぐ忘れて思い出せない言葉。
別に嫌な言葉ではなく、ごく一般的な言葉なのだけど・・・。

母が来てもうすぐ2週間。
体は少しずつ回復しているけど、記憶や認知能力が落ちて来てるように見える。
でも、もしかしたら、これが施設でも当たり前の状態だったのかも?
私に気に入らないとぶつける感情が、介護士さんにぶつけていた事と同じなのです。

他者に迷惑かける様な行動はまずいので、全て母の思いどうりにはさせられない。
でも、そういう時はいくら話しても理解が出来ないみたいで、説明すればするほど頑固になってしまう。
そして私の言い方が悪いと怒り出す。
まぁ細かく言いうと、良い事悪い事まだまだ色々あるけれど・・・。

でもね、楽しい事や嬉しい事も、沢山あるんです♪
それはおいおい日記にしますね(^^)

ただ、私は元々キツイ性格なので、母はそれが辛いんだろうなと。
でもって、自分が何も出来ないと落ち込んで、やり場のない気持ちを、身近な私に当たる事で発散してるんだろうけど。
毎度毎度は、こっちの身が持たないし、母も辛いはず。
なので今回は、施設で毎食後飲んでいた薬で、先日通院した病院では具合の悪い時だけのます様に処方が変わったお薬を、1服だけ飲んでもらいました。
と言っても、他の飲まなきゃいけない薬まで、飲むのを拒んで、ひと悶着あったんですが(--;)
本人の為なので、こればかりは、本気モードで、「飲んでください!!」と強く言わせて頂きました。
数時間後、気持ちが少し落ち着いたようで。
夕食に作ったカレーそばを、美味しい美味しいと喜んでいました。

とまぁ、そんなこんなで、とりあえず何とかやってます。
ワンコの体調がまた悪化し、どうしようもなくパニクって母に気を遣う余裕がない時に限って、母に振り回されておりますが。。。
そこを、私がテンパらずに、余裕をもって対応できるようになれたら、自分でも凄い!と思うのです(^^;)
ってか、それが出来たら仏だね(笑)
でも私は未熟者なので、なかなか仏の域には達せないのですが・・・(--)

この母との生活で、私自身も多分色々、気持ちの変化が起こるだろうと感じています。
勿論、良くも悪くもですけどね。
マイナス面をちゃんと見て、それでプラスに考えたいのです。

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何でも取って置く性格  

何かに使えるだろうと取って置いた段ボール箱。
このままじゃ味気ないので、シールやテープをペタペタと、コルクを付けて紐付けて♪
仕事は雑だが、ちょとだけ可愛くアレンジ(^^)
190405トイレ用箱シールでアレンジ

これ、母がトイレケア用品を自分で好きに使える様に、トイレに置いておくための箱。
昨日、これを置く為の棚の材料や、トイレで使用品を捨てる為のゴミ箱などを買いに行った時、一緒に箱も探したんだけど、いいサイズの物が無くて。
アトリエの押入れにとりあえず何かに使えるかな?と取ってある箱の中を探すと、なんとジャストサイズの物を発見!!

でもって、貼ったシールも古い物ばかり(^^;)
油絵チックな猫と犬のシールは、もう15年以上前に母が可愛かったからとプレゼントしてくれたもの♪
私は余り好みじゃなくて、やっと日の目を見た(笑)
しかも母の為の物の役に立った♪
他にも、20年近く前の手帳に付録で付いてたシールとか(笑)
最近だけど、切手シールの周りの絵柄を切り取って置いたシールとか(^^;)
テープは最近買った物だけど。
お金かけずに、出来ちゃった(笑)

このシールを見て、母は何か思い出すだろうか?
どんな反応があるか?
ちょっと楽しみ(^^)

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思い出と生きる、その為の思い出を作るという事(長いです)  

私が、母に少しでも素敵な思い出を残してあげたいと頑張るのは・・・。
一つでも多く楽しい記憶があれば、万が一ボケてしまった時、出来るだけ辛い記憶ではなく楽しい記憶を思い出せるように出来るかも知れない、という事を期待しているからだ。

勿論それは、希望通りには与えられないかもしれない。
もしかしたら何の役にも立たないかもしれないけど、もしかしたら良い結果につながるかもしれない。
何の確証もないけど、やらないよりやった方が良いかもしれない。
努力すれば頑張れば、多少なりとも結果は付いてくる、私はそう信じている。
それでまったく効果が無かったら、それは私の努力が足りなかった結果だろう。

日に日に不安と闘ってる母を見て、このままではいけないと思った。
まぁ母の不安は主に自分のお金の事だったりするので、それは兄が管理してるから私はフォロー出来ないんだけど。。。
些細な会話によって引き起こされる不安や疑問が、病気になった母の脳には大きな影響を与えて、混乱を起こしパニックになってしまう事がある。
私たち家族が引き起こすだけでなく、施設内の方々や介護士さんとの会話でも起こるので、避けようがない。
ただ、そう言う事がこの先、少しでも少なく出来れば・・・。
面倒を見て下さる施設の方々にも、手を患させる事も減るかもしれない。
トラブルだっって回避できる。
何より、母が穏やかに過ごせるはずだ。

そう思わせるのは、ほんの少しの期間だったが、ボランティアで老人ホームに伺っていた時の経験から来る。

音楽療法で楽器の演奏をしに行っていた私達。
昔の曲を演奏すると、思い出して泣いてしまう人、大声で歌いだす人、怒り出す人、嬉しそうに微笑む人・・・。
何の変哲もない童謡などの音楽一つで、それぞれの方の過去の記憶がよみがえり、様々な感情をあらわにする。
その時、いつも穏やかにいつも幸せそうに笑みを浮かべる方が居た。
もしかしたら何の反応もなく、理解力が無い方だったのかもしれない。
でも、もしかしたら、思い出される思い出が、どれも温かく嬉しく楽しい物だったのかもしれない。

人は皆、嫌な思いをしないで生きて来れた人なんていない。
でも、そればかりを思い出してしまうか、楽しかったことを思い出せるか。。。
新しい事をほぼする事が無くなり、思い出と共に生きる人生になった時、幸せな思い出が少しでも多く引き出せれば、例えその人が辛い事が多い人生だったとしても、思い出の中で幸せを感じられれば、穏やかな日々を暮らせるんではないだろうか?
老人ホームでのボランティア活動で、私はそんな事を感じ取った。

母もこれから、思い出と共に生きる生活になって行く。
今の所、思い出されるのは辛い悲しい事ばかり。
昔から愚痴の多い人だったので、私はずっとその聞き役になっているのだけど、幸いなことが一つある。
元気だったころはその思い出を前向きにとらえるよう促しても、自分の苦労を認めて貰えないと怒る母だったが、最近は少しずつ、笑って「そうかぁ、そうも考えられるわね。」等と余裕の返しが出来る時がある。
そうやって、過去の辛い思い出も、もしかしたら上書き出来て、楽しいまで行かなくとも、それほど悪くもなかったという思い出に出来るかも知れない。

私自身、小学3年生の頃に起きた、どうしても消えない辛い思い出がある。
その思い出は、この先も一生抱えていく事だろう。
私が母の年になった時。
まぁ、それまで生きてるかどうかわからないけど、長生きできた場合。
施設にお世話になれるかどうか?等の、老後の心配は置いといて。
意思疎通が出来なくなった人でさえ、過去を思い出す事は出来る。
その時、例え事実と少し違っても、楽しい思い出にして蘇る方が・・・。
それを思い出す暇がない程、楽しい記憶を思い出せれば・・・。

あの穏やかな顔をしたご老人の様に。
人にはわかってもらえずとも、心が穏やかにいられれば。
それはきっと、幸せなのではないだろうか?

そんな風に、今私がしようとしている事は、先の事を思っての行動。
この行為によって、私がどう思われるかなんて気にしていないし、自分が犠牲になってるとも思わない。
勿論、それによって誰かから見返りを貰えるなんて思ってもいない。
私がやりたくてやってる事で、ただ、邪魔をされたくないだけ。
専門知識は全くない私だが、家族だからこそ、家族にしか出来ない、思い出作りと言う物があるのではないかと。
そして何より、母が穏やかでいてくれる事こそが、私の人生を豊かにしてくれることに繋がる。
そんな風に思うのです。

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もう少しで退所の母  

世の中が新元号発表に騒がれていた昨日。
久しぶりに母の見舞いに行ってきました。
本当は他の用事を済ませてから行こうと思っていたのですが、病み上がりと言うか、まだ体調が万全ではなく、お腹の調子も今一つなので、1日出歩くのはちょっとしんどくて、母の見舞いにだけ夕方出かけました。

夕食の時間だったのですが、席に着かず立ち話をしていて、なんだか隣の人に不安になる話をされたみたいで・・・。
多分母が、施設の退所を喜んでいたんでしょうね。
それを羨ましかったのでしょうか?
「施設は退所できない、施設が裏工作して出られないようにするんだから」と言われたんだと。

でももしかしたら?
そんな話はされていないけど、母が正しく会話を認知出来ていないのか?
こういう不安のある日は脳の回路が上手くいかない様で、その後も色々調子の悪い会話が続くんです。
ただ、まともな会話もできるので、どこが母の誤解で、どこが正確な情報で、何が本心で何が嘘なのか?

兄との事も、兄が私に説明している事と違う事を母に言ってるようで、それが私のせいになっていたり・・・。
でも、兄の性格上、説明するのが面倒で、「知子がこう言ってるから云々・・・。」と、母を納得させる事は、過去の経験から大いにありうることで・・・ただそれは私が思ってもいない事だったりして。。。
馬鹿正直でごまかしや嘘が嫌いな私は、始めの内はそれが嫌で嫌で、イライラやストレスがマックスになり体を壊したりしていました。
でももう最近、最悪私が悪者になっても、それで母が納得できるのならと我慢してるのですが・・・。
結局その言葉が更に母の不安をあおっていたりするものだから、後から私がフォローするのが大変で(--)
母は母でその疑問や不安に思った事を兄には一切話さないので、その現状を私から兄に報告しても、暖簾に腕押しで全く相手にされない。
もうこれ以上、兄にどう伝えれば良いのかわからなくて・・・。

さてはて、この悪循環をどうしたものか・・・?
と、おもいながら、土砂降りの中帰ってきたら、具合が悪化。。。
今日も一日、居間で横になりながら、ワンコの世話だけしていました。

実は更に他に、私の気力がなえる事もありまして。
母との生活をゆっくりのんびり3ヶ月、楽しい大事な時間にしようと思っていたのですが。
次の施設の利用日の都合で、我が家に居られるのは1カ月半程になってしまい。
「入所日を決めた」と兄から連絡が来て、理由が理由なので私の我儘で先延ばしには出来ないし、仕方がないので納得しましたが、正直しばらくガッカリし過ぎて何もする気になれなくて。

更に母は、ずっと私と生活できると思い込んでしまっていた様で・・・。
先日の外泊の時、母が元気だったころ事前に見学済みで、私に「何かあったらここに入りたい」と教えていた施設に入れることになったので喜んだわけなんですが、そこに居るのは短期間でまた我が家に来れると思っていたらしく・・・。
思ってた以上長い期間施設に居る事を知り、
「お兄ちゃんから何も聞いてない!そんな遠くに行きたくない!お兄ちゃんは何で私を施設に入れたがるの?」
「寂しいずっと知子と居たい。」とギュッと手を握って見つめられ。。。
「お兄ちゃんは、知子も仕事があるから3ヶ月も一緒に住めないんだよって言ってた、そうなの?私いちゃダメなの?でもずっと一緒に住めるのよね?」と・・・。

正直、心が痛い、辛い。
こういう情に訴える話し方、私にしかしないんです。
兄には一切見せないらしいんです。
聞き分けの良い母親の様で、だから兄に話しても本気にして貰えない。

そして、母の話が本当なら、私は3ヶ月過ごすつもりで出展も幾つも断ってる、私の仕事が理由で3ヵ月が1カ月半になったんじゃない!!施設が早く入所しないと次が無いと言ってきたから早く入所日を決めたと、兄に言われてしぶしぶ納得したのに・・・。
母を納得させるつもりで付いた嘘だとしても、これは悲しすぎる。。。
もう私が鬼になるしかないのか?
正直、母も兄もずるいです。
えぐられるような思いをしてるのは私だけなの?

一つだけ言えることは、1カ月半と当初の予定より半分の日数になってしまった母との時間ですが、後悔の無いよう思いっきり楽しくて素敵な思い出を沢山作ってあげたいと思います。
勿論私の出来る範囲の事なので、高級な事はしてあげられません。
3ヵ月居られれば後半頃出来るかな?と思っていた、庭のブラックベリー摘みも、それを使ったジャム作りも、残念ながら出来ないし・・・。
私には、そんな素朴な思い出しか作ってあげられないので、何か他を考えなくちゃ!

本来リッチな事が好きな母なので、本当は兄と過ごした方が母にとって幸せな思い出が出来るのかもしれないけど、兄は母の面倒を見れないので、私でごめんねと思いながら、限られた時間の中、出来る限りの事をしてあげたいと思います。

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母の外泊再び ※とても長文です  

ちよだ猫まつりが終わりすぐ、19日に施設にてリハビリ計画報告などの打ち合わせを済ませ21日~24日まで、2回目の母の外泊をしました。
本来今月は兄の家でのみ外泊をさせる事で話が決まっていたのですが、先月我が家で外泊をさせた際、急遽母の家に外泊をする事になり、その為ワンコも連れて、民族大移動!な荷物を運んでの、外泊となりました。

私は主に、ワンコの世話と、3人分の食事の支度、母の入浴介助が仕事。
前日に、3日分の食料をメニューを決めて買出し、ワンコのオムツも大量に作りだめしてシートにフードにゲージも3個準備。
母宅は、スキー場がある温泉街の山の中、寒さをしのぐ為、犬用の電気マットに人間用の電気毛布を準備。
もちろん自分の外泊荷物と、私だけで凄い量・・・。

私の家は母宅と施設の間にあるので、まず兄が母を施設に迎えに行き我が家に到着。
休憩兼ねて、我が家で昼食。
朝一で買い出しに行った、意外に美味しい近所のスーパーのお寿司(^^)
施設では生もの食べられないから喜んでた♪
お腹いっぱいになった所で、大量の荷物を車に積んで、3時間かけて山へ向かいます。
が!米を持ち忘れた事を思い出し!
途中休憩予定だった道の駅で、米、キャベツ、リンゴを購入。

普段安いコメを食べている私。
2キロ¥800のお米は割高感、しかし、リンゴが7個か8個入って¥350!!!
米の価格の割に、リンゴの驚きの安さに、軽く頭が混乱を(笑)

夜は予定通りにチゲ鍋♪
豆腐を2丁持って行ったのだけど、母はもっと豆腐を食べたかったみたいで、美味しい美味しいと♪
お肉も牛と豚で、900gぐらいあったけど、3人でペロッと完食(笑)

夕食後は母の念願だった温泉へ。
マンションに温泉の大浴場があるので、そこに入浴しに行くも、母は全く記憶が無いと・・・。
温泉は気持ちよかったようだけど、自宅のマンションも温泉も覚えていなかった・・・。
これも脳梗塞の後遺症なんだろうか?
あれだけ、自宅に帰りたい温泉に入りたいと言っていたのに、次の晩もやはり大浴場に入った記憶が無いと・・・。
しかも、大浴場の湯が、温泉だと認知できていなかったみたい。
何度も「これ温泉なの?」と聞かれた・・・。

予定より到着が遅れてしまったので、食事とお風呂を済ませたら、既に夜中に。
急遽決まった母宅の外泊、3人分の寝るスペースの確保がまだだったので、今から片付けか・・・と。
兄が片付けを手伝ってくれても1時間はかかりそう・・・。
どうしようかと思ったら、兄がゲストルームを借りて寝ると言うので、ワンコも下痢が継続中だった為、慣れないスペースで何かあったら私一人で対応が出来ないから、母と二人で寝て欲しいとお願いし、二人分借りて貰って、私だけ部屋で寝た。

が、年老いた母に、寝具をクリーニングに持って行くという事は無理だったのだろう。
例え、洗濯が出来たとしても、大物を干すスペースが無いマンション・・・。
案の定、出ていた寝具は犬のおそそやなんやらで、臭いのなんの・・・(TAT)
臭さより眠気が勝って眠れましたが、時折ワンコが起こすので、覚悟はしていたけど睡眠不足・・・。

2日目は朝食を済ませた後、午前中兄に役所に行ってもらい、その間私は母に今後の流れを説明。
すったもんだがありましたが、何とかなだめつつ話をしていると。
兄から電話が入り、午後は私が予定していた通り、施設見学が出来そうで、更にケアマネさんとも会えそうだと!

帰宅した兄と3人で部屋で昼食を済ませ、午後、母と兄でケアマネさんに会いに行き、施設を一か所見学してもらうことに。
その間私は、ワンコの世話と、3人が寝れるスペースを作るべく大掃除(^^;)
ベットとソファーに置いてあった、寝具&電気毛布類は、完全に犬のおそそが染みついてる悪臭で・・・。
そんなの使って寝たら、「昨日の私」よろしく、皆臭くなってしまうので、それらは我が家に持ち帰り洗濯をする事にしようと、ビニールにまとめ。
部屋の奥にしまってあった寝具を取り出し、兄と母に寝て貰うキングサイズベッドに、我が家から持ってきた電気毛布を2枚敷く事に。
毛布は2枚しか持って行ってなかったので、私は元々ソファーに置いてあった電気毛布を使いソファーに寝る事に。
トータル3時間かかって準備完了!

兄と母が帰宅して、先が見えて来た報告を聞いた私は、安堵から思わず号泣。
兄も思わずもらい泣き。
しかし、母はそんな子供たちを見ても、潤みもせずキョトンとしている・・・。
あれだけこの地域に帰りたいと懇願していたはずなのに、子供たちがその思いを酌んで頑張っているのに、理解が出来ていないのか?
仕舞には、「ここには住みたくない!」と、真逆な事を言いだして、兄妹で思わず顔を見合わせてしまった・・・。

でも、またそのうち帰りたいと言い出すだろう。
思い出せなかったから居たくないと言っただけだろう。
何より温泉に入りたいは、口癖だから。
一旦我が家で生活した後は、この地域の施設にショートステイで入れれば。
というのが、とりあえず理想的だね♪と決定!

で、2日目の晩は兄が焼き肉を食べに連れて行ってくれる予定だったのだけど。
下痢気味のスキッキ、結局3個ゲージが置けず2個のゲージで狭い寝床とおトイレを作って、母宅は絨毯敷なのでワンコは外に出せず、万が一留守番の間にオムツからプリプリ出てしまったりしたら、犬を洗える大きな洗面台もシンクもないし、汚れた毛布を洗っても干すところないし・・・、と後から気が付いて、急遽予定外に部屋で夕食に。
思い付きで作った、カレーリゾットがまぁ大好評!!(笑)
我が家に母が遊びに来た時お勧めして買った缶詰のアジアンカレーを見つけ、空いてなかった粉チーズも発見!
ひき肉や野菜は持って行った材料を、何故か全部使わすちょっと残してあったので、それらも入れて♪
いや~本当美味しかった(笑)
予定していた焼きリンゴもして、兄と母に喜んでもらえました♪

そして人間の寝床もしっかり出来たので(笑)
母と兄はゆっくり熟睡出来たようでした♪
で、私が寝たソファー、めっちゃ寝心地良くてベットで寝るのと同じぐらいなんだけど、電気毛布やっぱり犬臭が・・・(TAT)
でもって何故か、30分おきに騒ぐワンコ・・・。
翌日兄はまた長時間運転をしなくてはいけないので、ゆっくり休んでもらわねば!起こすわけにはいかぬ!
と、その都度起きてワンコをなだめる。
覚悟はしていましたが、やっぱり私は一睡も出来なかったのでした(TAT)

3日目の朝は部屋で食べ、昼食は洋食を外食する予定だったんだけど、昨晩食べられなかった焼肉に行く事に♪
お肉屋さんの経営で、焼肉にも肉屋にも良く行っていたそうで、店員さんと話も出来て♪
お土産を買いに、顔なじみのお店に行ってそこの店員さんとも話が出来て♪

無事我が家に帰宅、夕食を食べて、兄宅へGO!!
一晩だけ兄宅で外泊して貰って、施設に戻りました。

そんなこんなで、バタバタな外泊でしたが、初日にお友達と少し話も出来たし、部屋の片づけも少し進んだし、役所も行けたし、温泉入れたし、本当に急遽決まった事だったのでどうなる事かと思って、タイムスケジュールを作ったりするほど心配していたんですが、上手く事が運んで、かなり意味のある外泊が出来ました。

兄妹で頑張った~!!!
兄からは、これからも頑張ろうねとメールが来たので、嬉しかったです♪

そして私は早速頑張っております。
体がクタクタボロボロなので、なかなか言う事を聞いてくれませんが(^^;)
母宅から持って帰って来た寝具の洗濯を開始しています。
45lビニールに計4個だったかな?3個だったかな?
そんな量の電気毛布やら布団やらです。
…とにかく頑張りましょう(^^;)

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母を迎える準備  

我が家の居間は、母の寝室へと変貌を遂げつつあります。

上野の催事後、週1のペースで2回見舞いに行きました。
内1回は、兄とケアマネさんとの話し合いもあり、1月半ばに我が家で数日外泊をする事が決まりました。
我が家での外泊後、兄の所でも外泊をしてくれる事になり、退所後は我が家で面倒を見る予定で事が運んでいます。

そんな母の為に、ベットを購入。
初め、部屋が狭くなるので折り畳みと思っていたのですが、安全設計のはそこそする・・・。
でも、安いのは不安定だから論外、母も怖いというのでどうしたものかと悩んでいました。
すると、マットレスに足が付いた状態のベットが、お手頃で手に入ったんです!
なんと、コイルマットなのに、圧縮し丸めて梱包されていて!!
長さ1mぐらいの45cm角中状の段ボール!
兄と、本当にこれで合ってるよね?と、もうビックリ!
写真撮り忘れてしまいましたが、カインズです(笑)
梱包を破ると、一気に空気が入って膨らみ、マットレスになりました。
足の組み立ても簡単で、まずまずの寝心地です(^^)
この上に、敷布団やベットマット等を追加すれば、贅沢ベットの完成です♪

こうして6畳の居間は、半分はワンコのゲージやトイレに占領され、ベットが置かれ、プラス、母宅から持ってきた2人掛けの座椅子ソファーも置かれ、コタツがあり・・・、と、まぁ、狭い狭い(笑)
母に、「こんな部屋じゃ嫌だ」と言われそうですが(^^;)
親の面倒を見るために買った家なので、一時でも住んで貰えれば、やっと意味が有るってもんです(^^)

ただ、気にかけてくれている方もいらっしゃると思うのですが。
ワンコと母と、両方面倒見れるのか?という不安も、正直あります。

しかし、ここでは詳しく話せませんが、良く効く薬を出す為に書いた診断書が誤解を招き、急性期の病院ではアルツハイマーではないと言われたのに、次の入所先からアルツハイマーと認識されるという事が起こっているようなのです・・・。
しかも今は、高額な薬だからとその薬を処方してもらえず、誤解だけが残るという事態になってる気がしてならなくて・・・。
母も精神的に限界の様で、調子が悪い時が増えているのです。

なので、今の母の状態が本当はどうなのか、脳の再検査と眼科に連れていきたい思いがあります。
しかし、老健に入ってると介護保険のみとなり、母が国民健康保険を使えず通院が出来ないんです。
本人は一人暮らしを強く希望しているのですがそれは難しいし、兄の所では面倒が見れない。
兄も病院に通わせるのは賛成なので、検査入院と思っていたみたいだけど、可哀想だからと私が反対。
私としては、通院だけが目的ではなく、他人のいない環境で、心をゆっくりさせてあげたいんです。
となると、我が家に帰るしか、選択肢はありません。
そこで、セカンドオピニオンのつもりで、うちから通える病院に連れていこうと、自宅介護で話がまとまりつつあるんです。

しかし兄は、私の生活を心配し反対だったようなのです。
でも、このまま何もせず老健をたらい回しでそのうち特養へ、という流れは、私自身後悔しそうで嫌なんです。
だから、1ヵ月でも3ヶ月でも良いから親子の時間を過ごしたいと伝えたら、やっと納得してくれました。

ただし外泊をしてみて、母から全く目が離せず、私がワンコの世話すら出来ない様な状態だった場合、私も諦めるしかありません。。。
母から預かった大事な子達、最後まで責任もって面倒見るのも大事な務めですし、こちらも現実、家族でそれが出来るのは私しか居ないのです。
だからワンコ達も、母が帰ってくるまで頑張ってくれると良いのだけれど・・・と思うばかりです。

また再検査の結果、脳梗塞の後遺症ではなく、アルツハイマーが発症してしまったとなったら、兄の考えに賛同するしかありません。
少しの間であっても我が家で出来る限りのことをして、その後は兄とバトンタッチです。
その頃には本人も、今の様に団体行動がストレスになる事もないだろうし、母の希望条件の多い入所先を選んであげられるだろうし、若しくは、兄の都合の良い施設に入れるかの、どちらかで良いと、兄と約束を交わしました。

兄妹で大喧嘩になる事はありませんが、意見が合わなかったりお互いを気にかけて気を使いストレスになったり・・・。
この数か月、正直母の事云々より、兄とのコミュニケーションを取る事が私には大変でした。
10歳も歳離れてますしね、男と女、既婚と未婚、生活環境も全く違う、約束してた事が違ったり、その他色々。
密な兄妹じゃないもんで、考え方が違って当たり前なんですが、お互いなんで?って思ったり、傷ついたりしたと思います。
でもやっと少し先が見えて来たので、気持ちが大分前向きになりました♪

その証拠に、左耳の調子が良くなったよ!(笑)

仕事関係の方々が読んでくださっているので、状況伝える役目も果たしているこの日記。
また、不必要な情報と思う方と、出展以外の事を書いてくれるのが楽しいと思ってくれる方と、二つにぱっくり別れると思いますが・・・。
こうして長い日記を書けるのも今年いっぱいになると思うので、来年からは短い日記で時々報告出来たらと思います。

まだ今年あと一回お見舞いに行く予定。
ベットの報告を母にしたら、どんな返事が返ってくるか楽しみです(^^)
まだまだ色々大変だけど、今後も兄妹力を合わせて頑張ろうと思います♪

制作の方はボチボチになってしまうかもしれませんが、作家業は続けます!
だってわたし、これしか出来ないので(^^;)
必ずまた、バリバリ制作しますので、それまで温かく見守って頂けましたら幸いです。

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差し入れが紙カップだった  

この所、特に騒がれているプラスチック問題。

先日の母のお見舞いの際、差し入れを珍しくデパ地下で探しました。
金欠の私には、ちょっと奮発した買い物です(^^;)
母だけ食べてると「あなたも食べなさい」と、とても気を遣うので、私も同じ物を食べます。
だから、予算的にもそうそう高い物は買ってあげられない。
どれも美味しそうなので、とても迷いましたが、さっぱりとした物が良いだろうと。
予算的にも買える、フルーツたっぷりの杏仁豆腐に決めました。

で、食べる時思いました。
あっ、これ、紙の入れ物だ!と。
181030ママに差し入れ杏仁豆腐

このメーカーが、エコを意識して採用した入れ物なのかどうかはわかりませんが。
ちょっとだけ、環境に配慮した買い物を出来た気分になりました。
って、付けて貰ったスプーンは、しっかりプラスチックなんですけどね。
私も買う時、そんな事意識してなかったし(^^;)

カットされていない、本当の杏仁豆腐がトロっと敷き詰めてあって、とても美味しかったです。
なんというメーカーなのか読めなくて、袋も捨ててしまったのでお伝え出来ませんが(^^;)

イライラしていた母が、「今日の最後にこんないい香りの、こんな美味しい物が待ってたなんて、幸せだわ。」と言ってくれたので、選んだ甲斐がありました♪
まぁ、早々買ってあげられないけどね(笑)

次はスーパーで買ったフルーツゼリーとかで、ごめんなさいって感じかな(笑)
ガッツリ、プラスチックケースですけど・・・。
でも、基本エコバック持参の数十年、ってエコと言うより、ただの節約魂ですけど(^^;)

昭和を知らない世代は、瓶を返却してお金になるというのが、新しい発想と思うらしい。
昔は、ジュースも醤油も酒も、全て瓶で、酒屋さんに空き瓶を持って行くとお金になって、新しい酒や醤油を買う時に値引きして貰えたもんです。
その瓶は勿論再利用されてまた店頭に並ぶ、それが当たり前だったんだよね~。

って、このままいくと話が長くなるので、この辺で(笑)

たまに贅沢したら、環境にも良い買い物だったって話でした(^^)

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優しさに触れた日  

30日、母のお見舞いに行ってきました。
家を出るのが遅くなり、3時間程しか滞在できませんでしたが。
そろそろ厚手の物が必要かと。
27日土曜に兄と母宅の片付けに行った際、持ち帰った冬服を持って行ってあげました。

しかしその服、母宅のクローゼットに仕舞うつもりで、現地で洗濯、コインランドリー乾燥までした物でした。
あぁ私、頭働いてなかったなぁ、家で洗えばよかった、と反省しつつ(--;)持ち帰り名札付け。

カシミヤとかシルクとかウール100%等、素材の良い物が殆どの母の私服。
そのような素材の物は、基本置かないように言われているので、まさかこんなにも化繊物を持っていないとは思わず・・・。
田舎暮らしでも変わらずおしゃれしてたんだなぁと。
大量の服の中から、施設に持ち込める服を探すのが結構大変なんです(><)
で、その着衣後だろう大量の服を、乾燥機NGでも洗濯OKの物は我が家で洗おうと、持ち帰った訳ですが・・・。
主に温泉の硫黄臭だと思うのですが、複数の匂い原因が沁みつくとこんなに強烈なのかと、帰宅後ビックリ(TAT)
一度で匂いが取れなくて、基本2度洗い。

かと思えば、黒字にピンクの刺繍、フードの裏地にピンクのシマウマ柄の入ったギャルギャルのスエット上下とかあって。
もうそれ、道端で着てる人が歩いてきたらちょっと距離置くぐらいの強面系で、しかもブランドがプレーボーイで、背中にデカデカとロゴがパッチワークされてて(笑)
それ気に入ってるから持ってきて、って言われてたんだけど(^^;)
兄に相談したら、「いや~それは止めようって、ギャルすぎるし怖いよっ」って却下(笑)
と言う訳で、大人しいデザインの物だけ持っていきました(笑)
寒くないと言っていた母ですが、持って行けばやはり喜んでくれました♪

で、この日はちょっと色々ありまして。
でも、母の話を聞けば、私も納得できたのですが。
余りの出来事にビックリしてしまって。
そしたら入居者さん達が、母の事を、いい人よ、問題ないわよ、心配いらないわよ、面倒見てあげて、と。
皆さんも病気を克服しようと頑張ってらっしゃるのに、頭も体も不自由ない私が励まされて。
なんてまっすぐで優しい気持ちなんだろうと、感動してしまい。
涙が止まりませんでした。

母が言ってた、人の残り物を取って食べてしまう人が居ると言っていたのも目撃しました。
それもビックリでしたが、入居者さんも介護士さんも、皆慣れているようで、慌てて心配するのは母だけ(^^;)

元々東京生まれ東京育ち、江戸っ子の父親から生まれた母。
以前は東京人らしい人でしたが、長らく山の方で暮らしているうちに、きっと田舎の人の踏み込み過ぎないけど世話好きな、温かい人間関係の感覚が、養われてしまってるのかもしれない。
でもその割に慎重で、初対面の人に対してとても警戒する人なので。
今もしかしたら、生活圏と東京人の感覚の違いに戸惑って、物凄く辛いのかも・・・。

と、今ブログを書いていて思いました。
私達には分からない感覚の中で、苦しんでるのかもしれない。。。

何をどうするのが一番良いのか、なかなか結論が出せない。
それが私も難しい問題です。

でも、母の手を握り、「なんでも話してくれて素直いい人よ」と。
多分母より大分お若い方なんだと思うんですが、そんな方も居てくれた事が、今の私には本当に救いでした。
でも、入居して長いそうなので、そろそろいなくなっちゃうかもなぁ。。。

ん~何か良い方法は?
と、堂々巡りで、誰に何を話せばよいのかすらわからず。
ついついここに書いてしまいます。

温かい言葉、人の温もりって、やっぱりいいですね。
何度も、「ありがとう御座います。」と心から感謝してお礼を言った私でした。

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お見舞いで塗り絵  

昨日は、母の見舞いに行ってきました。

と、その前に先週の話、母の見舞いに父を誘った所、なんとぎっくり腰をやってしまったと(--)
今週なら行けるかもと言うので、昨日も誘ったのですが、動けるんだけど椅子にずっと座ってるのが辛いとの事。
あれまぁ、長引いてる。。。
それじゃ無理しないで安静にしてて、と、見舞いは一人で行く事に。

移動中、兄にも何か伝言はないかと連絡を入れると、風邪をぶり返したと。
ん?ぶり返す?
あっ、やっぱり風邪引いてたのか・・・(--)
確認して欲しい内容を受け、こちらもお大事にと返信。

で、母の所に着くと、第一声
「あぁ知子さん~、なんでこんなところに入れたの~、誰が決めたの~、こんな所に居たら私おかしくなっちゃう(TAT)」と抱き付いてきました。
周りの方がキョトンとした顔で見ていて、それを見た母が、とっさに。
「娘なんです~♪この子、私の母親なの。」と。
こういう言葉足らずな所が、昔から誤解を受ける人・・・(><)
私は慌てて、「精神的にね。」と言うと。
「昔から、私の支えになってくれてるの。」と。
はいはいっ、と心で頷きながら、別室に移動、話を聞きながら差し入れタイム。
この日は、みかんとカフェラテ♪

リハビリは、工作系が無いのがとても残念なようす。
頭の体操は、どれも小学生レベルと、馬鹿にされてる気分の様子。
ただこれは、空間無視の訓練だそうなので、出来るかどうかじゃないんだと、以前聞いた事がある。
あぁ、その説明してあげるの忘れたわ(--;)

また、食堂でみんなでTVを見ているのだけど、ニュースを見て話をしたら。
「こういう会話ができる人が居ない。痴呆老人ばかりで、人のご飯取ったり、大騒ぎしたり・・・、自分もそうだから一緒の所に居るのか?いつか自分もこうなるのか?と、精神的に落ち込んでしまう。」と。

その気持ちはわかるんだよなぁ・・・。
仲良くなった方々も痴呆が進んでいるようだったし。
でも、この施設は、特養に入る待機場所ではなく、自宅に戻りたい人が入る施設と聞いていたんだけどなぁ。
気持ち負けして、ボケてしまわなければいいが・・・。

と、こんな感じなので、行ったすぐは完全に、はきのない病人顔。
1・2時間私と話していると、普通の顔に戻ってくる♪
毎日、暇で退屈で、時々小説を読んでいるようなのですが、なかなか前に進めないんだとか。

で、そんな事だろうと思っていたので、今回は、塗り絵を持参したのでした!!

10年ぐらい前、海外本のコーナーで、アールヌーボーの塗り絵を見つけて、何かデザインの参考になるかなぁと買ってあったんです(^^)
その中から、比較的簡単そうなものを数枚コピーして、母に選んでもらったら。
その中で一番難しいデザインを選択(笑)
181024ママお見舞い塗り絵

夕食前に10分ほど、先ずは花びら1枚塗って
181024ママお見舞い塗り絵2

夕食後、TV見ながら話ししながら、手も動かして(^^)
計3枚塗ってこの日は終了♪
181024ママお見舞い塗り絵3

「折角だから、カラフルに塗りたいなぁ。」と!
撫子だか、カーネーションだか、デザイン化されてるその花の形はちゃんと理解できていて、その上であえてカラフルにしたいんだとか!
ただ、この私物を置いてきてよいか、確認を取れる人がもう居なかったので、お見舞いの度に持って行き仕上げる課題にする事にしました♪
指の力が無いので、色は薄~い。
でも、そのうち重ね塗りして立体的にしたり、色混ぜたり、アドバイス次第でどんな変化が起きるか楽しみです(^^)

私も子供の頃入院経験があり、ホームシックで過呼吸を良く起こしていました(^^;)
そんな話をしたら。
「だから知子さんは、気持ちがわかるのね。こう言う物持ってきてくれるのね。」と、とても嬉しそうで、血色の良いいい笑顔を見せてくれました。
帰りはエレベーターまでお見送りもしてくれて。
このまま連れて帰りたくなってしまいました(TAT)

早めに外泊許可貰って、家で数日過ごさせてみようかなぁ。
そうすれば、母の本当の状態が判る。
このまま、いつか特養に入るまで、老健を渡り歩く必要があるのか?
その判断が、出来るかも。
いずれにしろ、数回の外泊は必要だなと思いました。

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母がリハビリで作った作品達  

今の施設ではなく、前の病院に居る頃作ったものです。

兄へのプレゼント、コースター
P1013360.jpg
なかなか素敵な配色♪

兄と私に、ブレスレット
180918ママ作ブレス兄&私用
他にも数個、自分用を最後に作っていました。

いろんな方に沢山作ったストラップ
181012ママ作ストップ
このストラップは、そのうちの私がもらった物。
現在、携帯に付けて使用中♪

これら、リハビリとして行っていた、工作やアクセサリー製作。
どれも色味を自分で考えて、母はとても楽しんでいたので、私は正直ビックリ!
娘が言うとなんか変ですが、結構色彩センスが良いんです(^^)

今も、指の関節が腫れて思うように動かない母。
若い頃の方がその症状が重かったので、指先は全く不器用でした。
少し指の具合が落ち着いた頃、ビーズアクセにチャレンジしていましたが、老眼もあり苦戦、すぐ飽きてしまいました。
そんな母が、大きめのビーズとは言え、何個も何個も制作していて。
時間が来ても止めたくなくて、次回続きやります!とリハビリを終了する姿は、本当に驚きでした。

今の施設では、このようなリハビリが今の所ないようですが、歩行器に何やらビーズが付いている?
聞くと、前の病院で材料を貰ってあって、自分でブレスを作ろうと思ったら足りなかったから飾りにした、というのです。
母の言ってる事が正しいのか?施設でリハビリをしてくれたのか?確認とっていないのでわかりませんが。
それほど気に行っていたアクセ作り、天然石のゴムブレス位だったら、母にも作れそうだなぁ、なんて(笑)

私はゴムブレスは作らない作風なのですが、我が家に遊びに来れるようになったら、内職して貰おうかしら(笑)
ボケ防止に、リハビリ兼ねて、お小遣い稼ぎが出来たら、母も喜ぶだろうなぁ。
そんな生活が出来たら、生きがいになって幸せなんだろうけどなぁ。。。
なんてね(^^;)

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