AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

願いが叶うと言う重さ  

ちょっと不思議な話ですが、宗教など一切関係ありません。
私の深層心理を述べた独り言ですので、好まない方はスルーして下さい。

私は何かに守られている、幼いころからそう感じて生きてきた。
それがご先祖様なのか?なにかはわからないけど、不思議と願いが叶ってしまう。
と言っても神頼みするわけではなく、こうなるといいなぁと思っていると、ひょんな流れで叶ってしまう。
普段の簡単な思いが通じる感じ。
そこに私の努力はない。
ただ、ちょっとズレてたり、時間差だったりもするのだけど。
確実に何かに導かれるように、願いは叶えられてきた方だった。

でもこの数年、それを感じれていなかった。
それは、自分の心のあり方なのかもしれない。
床下浸水や愛犬の死など、嫌な事ばかりに目が行って。
細かい事に気が付かなかった、感謝も足りなかった。
もしかしたら、思い出せないけど他の願いは叶ってきていたのかもしれない。

愛犬ピンパが亡くなって1年。
まだ飼う気にはなれていなかったけど、やはりワンコは可愛いなぁ。
次に飼うとしたら保護犬にしようかなぁ。
それとも、母が許すなら、母のワンコを1匹引き取ろうかなぁ、母も少し楽になるし。
ふとそんな風に思っていた。
そしたら母が倒れ、ダックス2匹が我が家にやって来た。

この子達だって、状況的にはある意味保護犬。
私が飼えなかったら、きっと本当の保護犬になっていた。
目が見えない、下半身不随の障害犬を、保護してくれる他人は少ないだろう。
そう思えば、この子達が我が家に来たのは必然で、この子達にも犬をまた飼いたかった私にも幸いな事。

でも、脳梗塞や心筋梗塞にならないよう病院通いをして薬を飲んで、しっかり予防治療をしていたはずの母が、まさかの脳梗塞。
倒れる少し前には、脳の検査も受けて異常なしだった母が。

こんな流れは望んでいない!!

で、思い出した。
理屈をちゃんと組み立てて事細かにイメージしないと、願いは叶ってもかなりずれが乗じると言う事を。
まさにずれだ、気を付けないとこういう事が起きるんだ。

こう書くとまるで、母が倒れたことが私のせいだと自分を責めているように見えるかも知れないけれど。
私もそこまで悲劇のヒロインではありません。
ただ、こんな状況に置かれてふと、願いが叶う体質?だった事を思い出しました。
そしてそれは、願いと言う程の大袈裟なものではなく、思った時点で叶う方向に動き始める事を。

だから、気楽に中途半端に適当に、何か願いを思ってはいけない!
更に、絶対人を恨んではいけない!
そう自覚して生きてきた事を。
そして、この数年、それをすっかり忘れていた事を、思い出したんです。

無意識にふと思う事、きっとこれが私の一番の本心で。
だから、神頼みするような考えて出る願いは叶わず、ふと頭をよぎる物が叶うのだと。
そしてその、よぎる思いが叶ってしまう事の重大さを、意識して生きなきゃいけないんだって事を。

こんな夜中に、いや夜中だからこそ、改めて肝に銘じるのでした。
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category: 日々のあれこれ

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