AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

私が唯一好きなピアニスト  

この人のピアノは、なぜこんなにも、物悲しく、寂しく、儚く、なのに、優しく、温かいのだろう。。。
そう思たのは20年程前。
TVから流れるその音色に、自然と涙がこぼれてしまった。
そして初めて、ピアニストを好きになった。

そのピアニストは、フジコヘミング。

今日、その感動した番組の再放送を、偶然見た。
やはり同じ感想だ。
そしてまた、自然と、つーっと頬を伝う。

彼女の人生を振り返りながら、時々奏でる、そんな仕上げになっている番組の構成。
それは、語りではなくすべて字幕。
時々彼女と制作者の会話が流れる程度のもの。

なので、昔も今日も、所々字幕を見損ねた私は、大変な人生だったんだなぁ、ぐらいにしか理解をしていない。
つまり、彼女の生い立ちを哀れんでの涙ではない。

何故にこんなにも、心に響くのだろう。
まるで、歌っているかのようだ。
語っているかのようだ。
ピアノと体が一つになっているようだ。
お互いを受け入れ、拒絶することなく支配することなく。
それは、とてつもなく愛に満ちて温かく、しかし、引き裂かれそうに悲しい。

当時、CDを欲しいと思った。
でも買うのをやめた。
きっと、涙が止まらず、解放されて、私の何かが変わってしまうそうだったから。

こんなピアニストは初めてだ。

と言っても、それほど他のピアニストを知らない。
何故なら、TVに出るように有名な人やコンクールや留学で成果を出した人、又はジャズやボサノバ、等々。
まぁいわゆる時々メディアにあげられるピアニスト達は、技術は凄いのだろうが。
その音色は、私にはどれも、押し付けがましく、圧がすごく、ピアノが悲鳴を上げているようにしか聞こえず。。。
気の強い演奏者に、楽器が支配されているように感じて、心地よくなかったのだ。
更に、自分自身が体験してきた、曲を理解できぬまま楽譜通り弾ければ次に進む、ごく当たり前の、達成感しか感じないレッスンが思い出されて、益々不快になるのだった。
だからてっきり私は、聴くのも弾くのも、ピアノが嫌いなのだと思っていた。

でも違った。
こんな音色を奏でる人もいたんだと。

今日もまたCDを買おうかなと一瞬思った。
でも、今思い出すだけで、涙があふれる。
やはり私にはまだ、彼女の音色の存在は大きすぎて。
私の何かが変わってしまいそうなきがして。。。

ネットで検索すれば出てくる時代だが。
それすら、出来ないでいる。
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category: その他

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