AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

思い出と生きる、その為の思い出を作るという事(長いです)  

私が、母に少しでも素敵な思い出を残してあげたいと頑張るのは・・・。
一つでも多く楽しい記憶があれば、万が一ボケてしまった時、出来るだけ辛い記憶ではなく楽しい記憶を思い出せるように出来るかも知れない、という事を期待しているからだ。

勿論それは、希望通りには与えられないかもしれない。
もしかしたら何の役にも立たないかもしれないけど、もしかしたら良い結果につながるかもしれない。
何の確証もないけど、やらないよりやった方が良いかもしれない。
努力すれば頑張れば、多少なりとも結果は付いてくる、私はそう信じている。
それでまったく効果が無かったら、それは私の努力が足りなかった結果だろう。

日に日に不安と闘ってる母を見て、このままではいけないと思った。
まぁ母の不安は主に自分のお金の事だったりするので、それは兄が管理してるから私はフォロー出来ないんだけど。。。
些細な会話によって引き起こされる不安や疑問が、病気になった母の脳には大きな影響を与えて、混乱を起こしパニックになってしまう事がある。
私たち家族が引き起こすだけでなく、施設内の方々や介護士さんとの会話でも起こるので、避けようがない。
ただ、そう言う事がこの先、少しでも少なく出来れば・・・。
面倒を見て下さる施設の方々にも、手を患させる事も減るかもしれない。
トラブルだっって回避できる。
何より、母が穏やかに過ごせるはずだ。

そう思わせるのは、ほんの少しの期間だったが、ボランティアで老人ホームに伺っていた時の経験から来る。

音楽療法で楽器の演奏をしに行っていた私達。
昔の曲を演奏すると、思い出して泣いてしまう人、大声で歌いだす人、怒り出す人、嬉しそうに微笑む人・・・。
何の変哲もない童謡などの音楽一つで、それぞれの方の過去の記憶がよみがえり、様々な感情をあらわにする。
その時、いつも穏やかにいつも幸せそうに笑みを浮かべる方が居た。
もしかしたら何の反応もなく、理解力が無い方だったのかもしれない。
でも、もしかしたら、思い出される思い出が、どれも温かく嬉しく楽しい物だったのかもしれない。

人は皆、嫌な思いをしないで生きて来れた人なんていない。
でも、そればかりを思い出してしまうか、楽しかったことを思い出せるか。。。
新しい事をほぼする事が無くなり、思い出と共に生きる人生になった時、幸せな思い出が少しでも多く引き出せれば、例えその人が辛い事が多い人生だったとしても、思い出の中で幸せを感じられれば、穏やかな日々を暮らせるんではないだろうか?
老人ホームでのボランティア活動で、私はそんな事を感じ取った。

母もこれから、思い出と共に生きる生活になって行く。
今の所、思い出されるのは辛い悲しい事ばかり。
昔から愚痴の多い人だったので、私はずっとその聞き役になっているのだけど、幸いなことが一つある。
元気だったころはその思い出を前向きにとらえるよう促しても、自分の苦労を認めて貰えないと怒る母だったが、最近は少しずつ、笑って「そうかぁ、そうも考えられるわね。」等と余裕の返しが出来る時がある。
そうやって、過去の辛い思い出も、もしかしたら上書き出来て、楽しいまで行かなくとも、それほど悪くもなかったという思い出に出来るかも知れない。

私自身、小学3年生の頃に起きた、どうしても消えない辛い思い出がある。
その思い出は、この先も一生抱えていく事だろう。
私が母の年になった時。
まぁ、それまで生きてるかどうかわからないけど、長生きできた場合。
施設にお世話になれるかどうか?等の、老後の心配は置いといて。
意思疎通が出来なくなった人でさえ、過去を思い出す事は出来る。
その時、例え事実と少し違っても、楽しい思い出にして蘇る方が・・・。
それを思い出す暇がない程、楽しい記憶を思い出せれば・・・。

あの穏やかな顔をしたご老人の様に。
人にはわかってもらえずとも、心が穏やかにいられれば。
それはきっと、幸せなのではないだろうか?

そんな風に、今私がしようとしている事は、先の事を思っての行動。
この行為によって、私がどう思われるかなんて気にしていないし、自分が犠牲になってるとも思わない。
勿論、それによって誰かから見返りを貰えるなんて思ってもいない。
私がやりたくてやってる事で、ただ、邪魔をされたくないだけ。
専門知識は全くない私だが、家族だからこそ、家族にしか出来ない、思い出作りと言う物があるのではないかと。
そして何より、母が穏やかでいてくれる事こそが、私の人生を豊かにしてくれることに繋がる。
そんな風に思うのです。
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category: 家族

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