AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

母その後(長いです)  

約10ヵ月ぶりに母の事を書くのだけど、実はずっと会えていない。
最後に会ったのは、スキッキ(犬)が亡くなった日、昨年の11月29日、母が別の施設に移る日でした。

我が家で生活した後入った施設は、母の住まいのすぐ側でした。
お友達も遊びに来やすいだろうし、きっと穏やかに過ごせるだろうと、兄と私は安堵していました。
更に兄の話では、年を越して5月頃まで約1年居られるという話でした。

そこは、老健などではない施設なので、病院に通院し薬を処方してもらう必要があります。
その為、定期的に兄と数時間かけ車で母を迎えに行き、通院させる事になりました。
その時、ずっと気になっていた脳の再検査をして貰う事にしました。

2018年3月、母は脳梗塞で倒れました。
脳の右後ろ、太い血管で詰まり、救急車で運ばれる途中、奇跡的にその血栓が砕け血流が再開しました。
そのお陰で命が助かったのですが、砕けた血栓は消えるわけではないので、細い血管の様々な所でつまり、様々な後遺症が残り、高次機能障害と診断されました。
急性期入院からリハビリ専門病院に転院、その後老健に入る時に、たまたま見ることが出来た母のMRI画像は、所々転々と血栓が飛び散り、広範囲に小さな脳梗塞が沢山ある、そんな画像でした。
しかし、昨年夏ごろ撮ったMRI画像は・・・。

脳の4分の1が真っ黒で、何も映っていない状態。。。

これを見た瞬間、私は言葉を失いました。
人は脳の4分の1が機能していなくても、生きていられるの!?
約1年でこんなに進行してしまう物なの?と。
先生曰く、この部分は視野をつかさどる脳だそうです。
素人ながら、このままこれがどんどん広がって行ったら、そのうち目が見えなくなって、話せなくなって・・・。
何もしてあげられる事が出来ないまま、少しずつ脳が壊れていくのだろうか?
と、不安になると言うより、言葉にできない感情が湧いてきました。
しかし母もいる目の前で、そんな酷な質問をする事も出来ず、その現実を受け止める事しか出来ませんでした。

母には、脳梗塞の後遺症の一つに、左半側空間無視、というのがあります。
視力はあるのだけれど、右目も左目も、左側が見えてはいるけど認識できない、と言う物。
昔TVで見た事があり少しだけ情報を知っていた私は、理解する難しさを感じていました。
見た目で判断できる障害ではないので、それを知らない人との交流は難しいものです。

ですが、拒否する事がありながらも、リハビリを頑張り続けた本人の努力は素晴らしい物でした。
空間無視への認知も、忘れがちではある物の、左が見えていない事を理解し、気を付ける様になりました。
カートを使い歩く事も出来るようになり、食事も普通食を食べられ、会話もでき、トイレも着替えも歯磨きも、体を洗うのも洗髪も、施設に居る状態であれば、身の回りの事はほぼ出来るまでに回復しました。
これは本当に、本人の努力と家に帰りたいという思い、支えてくれたスタッフの皆さんのお陰だと思います。

ただ、この自宅側の施設では、母の状態が思わしくなく、利用者さんと上手くいかなかったようなんです。
常連利用者さんのご家族が、「母がいる間は利用しない」と言うので出て行ってほしい、と言われてしまいました。。。

確かに、我が家に居た頃も、暴言を吐いたりすることがありました。
病気になったとはいえ、それは耐える事が難しいと思う事も時々ありました。
以前の施設でも、感情剥き出しに怒る姿を、家族の私だけ見た事があります。
施設の方曰く、同じことをしているというのです。

しかし、私達と一緒の時の母は、全くその様子を見せず。
逆に、施設の人に強く言われたり意地悪をされていると言うのです。
兄の前では“いい子”の母なので、常に兄が居たからかもしれないですが・・・。
見ていない以上、どちらが本当なのか、私達兄妹には判断が出来ませんでした。

しかし、出て行けと言われても、そんなすぐ施設が見つかるわけではありません。
次の施設を探す話も進みつつ、私から、もう少し様子を見て欲しいと頭を下げ、退所の猶予を貰いました。
あわよくばその間に、施設側の考えが変わりそのまま居られれば、等と淡い期待もありましたがダメでした。

そのうち、私は私で2匹のワンコの状態がどんどん悪化、母の所に行くことが出来ず、全て兄に任せる事になっていきました。
兄は大分粘ったようなのですが、最終的には担当者さんと険悪になってしまったそうで・・・。
そこまでになってしまうのであれば、もう出る方が本人の為でもあるし、家族も楽です。
元々、私が母の面倒を看た後は、兄の都合の良い施設に移すので構わないと約束していたので、その流れに。
その方が、母も寂しくなくて落ち着くだろうし、兄も近ければ何かと便利だろうし。

と言う訳で、スキッキが亡くなった日に、無事兄の側の老健に移ることが出来。
その途中、スキッキにお別れする為、我が家に寄ってくれたのでした。

それからと言うもの、兄の話では、母は元気にしているらしく、リハビリも頑張っている様子。
施設の方にも、聞いていた程酷くありませんよ、と言われたそうです。
やはり、兄の側に居られていると言う安心感なんでしょうね。
私も一安心です。

私はと言うと、ブログに書いている通り、ジャンニが亡くなり、久々の催事を終えたら体調悪化で、そのうちコロナが大騒ぎ、と、面会に行くタイミングを逃し続け、今に至っております。
母にはメールを入れたけれど、どうやら気が付いてないみたい。
でも、私が電話をして話をしたら、また母の“甘えん坊”が発動しちゃっうといけないので。
「だって、知子さんは、なんでも許して、何とかしてくれる♪」ってね(^^;)

父には電話してきて、「家に帰る為のリハビリ頑張ってる!」と言ったそうです。
きっと兄には、「いい所に入れてくれてありがとう~。」とか言ってるんだろうなぁ(笑)
で、私が行ったら、「早く家に帰りたい!何でこんな所入れたの!お兄ちゃんは何考えてるの!」って、始まるんだろうな(^^;)
まぁでも、母の“家族使い分け”が出来てるうちは、元気だって証拠だから(笑)

コロナが落ち着いたら、そうなるのを覚悟で、面会に行こうと思っています(笑)
それまで兄にお任せです♪

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category: 家族

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