AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

脳トレから学んだ介護と生き方  

以前の日記で話題に出した脳トレの本。
これは、母が救急で運ばれた病院の売店で、私が買った物。
脳梗塞でまだ会話がかみ合わない母に、「計算好きでしょ。これで暇つぶしでもしてね。」と渡したのが初め。
その病院では出来る余裕はなく、リハビリ病院、老健に居る間は、プログラムがあるので必要なし。
母が我が家に来て、やっと役立つときが来たのでした。
190418脳トレ
中身は、簡単な計算問題を数日行った後、脳機能検査として、3つの問題をする、これの繰り返し。
計算問題は、2ケタの足し算、引き算、掛算、それを1日100問。
いかに早く解くか脳の血流に重要で、時間を計測、答え合わせは付いていない。
脳機能チェックは、色を読む問題(例えば:緑色で黄色と書かれた文字を「緑」と声に出して読む)、暗記問題、120まで数字を数える、の3つ。
それぞれグラフにタイムや成績を記入、効果があるかをグラフで判断する。

たったこれだけなのだけど、母には効果がてきめんでした。
時々話がかみ合わなかったのが、これを3日続けて頑張ると。
4日目には全く普通に会話が成り立つ。
何だったら気を使う事まで出来るようになる。

ただ、頭の回転が良くなる一方で、落ち込みやすく、考え込むようになり。
本人が精神的に辛そうになる事が多々ありました。
それは、脳トレをしないといけない自分に苛立ちを感じてしまっていたのかもしれません。
私に検査されているようで、追い詰められた感じがしたのかもしれません。

母は時々こんな事も言いました。
「私がこんな大変な状態だって、誰もわかってない。
お兄ちゃんは来ないし、どうしてる?の一言もない。
知子がどれだけ大変な思いしてるか、起きてからずっとワンコと私の世話をして。
私は迷惑をかけている、私は居ない方がいい・・・」と。
幾ら私が、「迷惑なんて思っていない、面倒を見れるチャンスは逆に今しかなかった、だから一緒に居たいんだ」と説明しても、受け入れられない。
脳トレ云々では、すまなくなってきてしまうのです。

その為、4日続けるのが最大で、5日目からしばらく休んでしまう。
すると、途端に悪くなり始め、母自身もそれが判るが素直になれない。
いよいよこのままでは心配だと、喧嘩になりながらも説得すると。
やらなきゃいけないのはわかってる、ボケたくない、と再開してくれる。
でもまた3・4日で、続けられなくなる…の繰り返し。
なので、毎日続けたらもっと良くなるのか?という所までは、わかりませんでした。

こうした落ち込みは、一つは親心だったのかもしれません。
ぼーっとしてる時は気にならないけど、考えられるようになってくると、自分の存在が、娘の幸せを遠ざけていると感じてしまう。
まぁ、私も小言が多かったと思うので、迷惑なんだと思わせてしまったのかもしれないけれど・・・。
その小言さえ言えなくなったら、逆に私がアウトになってしまっていた。

結局
私が楽なら母が辛く。
母が楽なら私が辛い。

そんな話が出来たのは、私の家を出て施設に行く5・6日前だったと思います。
考え事をすると頭が痛いと辛そうにする母。
夜中でも、話し合いたいと言う母。
夜中だから、聞きたくないと言う母。
その日によって母の体調や気持ちはバラバラでしたが、出来る時は話し合いをしました。
時に母に無理をさせて、私の辛さを訴えてしまった事もありました。
私が限界に達し、自分を責めてしまった事も。
でも私も、きちんと理解しあってから、施設に送り出したかった。

我が家で過ごした1ヵ月半。
喧嘩しながらも、仲直りを繰り返し、お互いを理解し始めた所でした。
もう少し時間が合ったら、もっと深くわかり合えた。
でもそれと同じぐらい、お互い傷ついてしまったかもしれない。
側に居たい、でも一緒に居ると苦しい。
相手を苦しめる、そう思ってしまい辛くなる。
でも、でも、・・・と、母も私も気持ちは同じでした。

最終的には、「知子さん行ってきますね。また泊まりに来るね。」と言ってくれた母。
私も、またうちに来て良いんだよと言う思いを込めて、「行ってらっしゃい。」と送り出しました。

そして、これだけ嫌がっていた脳トレですが、効果がある事は本人が一番わかっている。
なので、次の施設に行く際の荷物に入れて欲しいと、時々頑張ってみるわ、と。
荷物に入れて持って行きました。

今いる施設はショートステイなので、積極的なリハビリはありません。
実際、自主的に出来てるかどうかわかりませんが、これを見る事で張り合いになるのかな?と。
頑張ってた自分を思い出し、過ごす事も良いのかもしれません。
あわよくば、やる気が出てくれれば。
何でも良いんです、やりがいを見つけられれば。
矛盾し混乱する心と頭と寂しさを、紛らわす事が出来ればなんだって。
無理しないで欲しいけど、頑張って欲しい。
私も矛盾してますね。

母の世話をしている間、親子で様々な気持ちの混乱や矛盾が起こりました。
きっとこれからも起こるのでしょう。

介護と言う物がそういう物なのか?
老いと言う物がそう言う物なのか?
それは私には分かりませんが、こうして生きて行くのが人間だよなと。

最近、「でも」「だって」と言葉にするなという風潮がありますが、私はそれは言っても良いと思います。
そうして悩み考えマイナス面も見たうえで、前を向けばいいのですから。
母のそんな気持ちに、どこまで寄り添えるかは分かりません。
でも、一緒に居る時はせめて寄り添える自分で居られたらなと。
脳トレ一つで大げさかもしれませんが、そんな風に思いました。
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