AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

ピンパ永眠  

18日の午後2時30分ごろ息を引き取りました。
13歳と10カ月でした。

最後の瞬間は今も目に焼き付いています。
ああしてあげれば良かったこうしてあげれば良かった、あんなことしなきゃよかったと、後悔が押し寄せてきます。
亡くなって4日が経ちますが、まだ隣にピンパがいる気がします。
ベットで目覚めた時も、左脇に寝ている気がします。

以下、最後の診察をして貰った内容と、自宅での亡くなるまで、その後の私の心境の話です。
抑えた表現をしているつもりですが、想像力豊かな方にはショックな話かもしれません。
特に、【亡くなる当日】と区切った部分は、簡潔に亡くなるさまを書いていますので、ショックになりそうな方は読むのを控えてください。
書かない選択もあるのですが、独りで抱えきれずはけ口のない私をどうか許してください。


【最後の診察】

16日に病院に連れて行こうと思っていたのですが、その日が病院の臨時休診日で連れていかれず、翌日17日、父も来てくれて午前中に病院に連れて行きました。
10日に診察をして貰ってからたった1週間で、腫瘍の自壊部分の肥大は3倍近くに腫れあがり、その出血を押さえるのに生理の昼用パットが5枚も必要な大きさまで成長してしまっていました。
10日に貰った止血剤が多少効いているようではありましたが、それでも体液に交じって常に出血している状態は変わりはありませんでした。

嘔吐が止まらない事を伝えると、エコーで子宮の検査をする先生。
もし、子宮内膜症などによる吐き気だとすると、一刻を争うので今晩の緊急手術をして子宮を摘出する必要があるかもしれないと・・・。
しかし、子宮は問題ないとの事でした。
なので、嘔吐は腫瘍により起きている事だろうと、体重も一気に減り、体温も平均38℃台の犬の体温が35℃台しかないとの事でした。
先生の診断では、体重減少は腫瘍に栄養を取られているからと言っていましたが、約1週間下痢と嘔吐で食べ物を吸収できていないのだから、腫瘍に栄養を取られていただけではなかっただろうと思います。
その間、なんとかして栄養を取らせなければと、老犬用のパウチフードをすり潰して流動食の様にして口に運び、少しでも食べてくれればと与えていましたが、今となってはそんな無理して食べさせて、薬も肉巻きでは食べなくなってしまっていたので、無理やり喉に押し込み飲ませるしかなく、最後の最後までそんな嫌な思いをさせなければ良かったと、後悔で一杯です。

この時、緊急手術の話が初めて出ました。
腫瘍の手術は緊急では出来ないとの話だったので、子宮の緊急手術の際に腫瘍も取り除けるような話になり、結果子宮摘出手術はしなくてよいとすぐわかったのですが、私としては緊急で腫瘍を取って頂けるのならそうして欲しいと、手術の話を進めました。
しかし、先生は90%術中に亡くなる可能性があると、もしかしたら麻酔をかけた段階でメスを入れる前に亡くなるかもしれないと、これは脅しではなく本当にリスクのある手術だと、私の事は一切見ず、父の方を向いて話していました。
後から冷静になって考えると、子宮を取り除く緊急手術はする気があって、なんで腫瘍は取れない?と疑問にも思いましたが、そんな事、今更言ったところで仕方がありません。
ただ、その場ですぐに答えを出せなかったので、午後の診療が始まる頃どうするか返事をする事になり、父との話し合いで、先生が言っている危険は本当だろうから、病院で亡くなってしまい冷たくなったピンパが帰ってくるなんて悲しい思いをさせたくないから、23日の手術予定日までもう少し様子を見ようと言う事で、緊急手術を無理にお願いするのは止めました。
その際、私たち家族も先生も、今晩が山と言うようなことはないと思っていましたので、午後、吐き気止めの薬を処方してもらい帰宅しました。


【帰宅後】

その日の晩、食事をさせ薬を飲ませ、しかし吐き気どめは効かず、またすぐに吐いてしまったピンパ。
2日分の処方だったので薬はもう一回分ありましたが、汚物に薬の塊はなかったので、取りあえず少しでも溶けて吸収されているかもしれないと思い、続けて飲ませる事はせず次の日まで様子を見る事にしました。
その後は吐く事もなく、ただただじっとコタツで寝ていました。

父が大好きだったピンパ。
抱っこをされている時、既にぐったりした状態で、私たちが食事をしている時、コタツの中で寝たまま排便をしてしまっていました。
15日、16日と排便があったのですが、その時も寝たまましていたので、もうこの時既に何度か意識が遠のいていたのかもしれません。
最後に父に抱かれてピンパも嬉しかったことでしょう。


【亡くなる当日】

亡くなる当日も、流動食を飲み込んでくれたピンパ、私は飲み込める間は大丈夫だろうと思っていました。
食事をし薬を飲ませ、いつものようにコタツで寝ているピンパの側で、ずっと様子を見ていました。
すると突然むくっと立ち上がるピンパ、吐くのか?水飲みか?はたまたトイレに行きたいのか?と思い、慌てて連れ行ってあげたのですが、既に足腰が立たない状態で、首をおこす事も出来ませんでした。

そんな状態なのに、最後の力を振り絞る様に3・4回尻尾を振って・・・。
それを見て、もう最後だと。。。
抱きかかえると、そのまま排便。
ぐったりとしてしまい、腫瘍もかなり大きくなってしまっていたので、抱っこしたままでは体勢が苦しそうで、タオルケットをたたんで作ったベットに寝かせ、頭を撫でてやりながら看取りました。
でも後から、クレアの時の様に最後の最後まで抱っこして看取ってあげれば良かったと、これも後悔の一つです。


【現在の私】

まだまだ心は癒えません。
涙もただただこぼれてしまいます。
ただ、私はお勤め人ではありませんので、この暗い顔を人に見せる事無く済んでいる、無理して笑う必要もない、引きこもったままでいられ、時間をかけて立ち直る事が出来る。
こんな環境ではない方々は、外の世界でどれだけ無理をして辛い気持ちを押し殺して生活をするのだろう。
そんな風に思うと、いつまでも悔やんでいるのは贅沢な話です。

亡くなった次の日は、飲まず食わずで1日寝て過ごしました。
でも、ピンパにも「私は大丈夫だから、苦しいのに私の為に頑張らなくていいから」と約束したし、しっかりしないと。
しばらくは毎日泣いているかもしれませんが、乗り越えたとしても時々思い出して気ごころ知れた人の前で泣いてしまうかもしれませんが、思い出を振り返りながら片づけをして、少しずつ前を向いて歩く努力しをしたいと思います。

こんな話しをここでしてしまう様な、非常識な私ですみません。
最後まで読んで頂きありがとう御座いました。
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