AtelierUhyako うひゃこの日記

アクセサリー作家としての活動や日々の出来事を綴ります。

お日様の力  

庭のブラックベリー。
この数年、南西側のお隣との塀の手前に植えていた。
つまり、実質ほぼ北側みたいな状態で、日が当たるのは少しだけ。
半日陰でも育つ植物という事で植えたのだけど、環境が悪いのか収穫は微々たるもの。
それでもツルはよくのびるので、昨年、剪定をサボったらツルが地面について根付いてしまった。

折角なので、そのツルを、東南のフェンス側に植え直してみた。
こちらは道路側なので、朝から夕方までずっと日が当たる。
そしたらぐんぐん成長して、あっという間にフェンスいっぱいに!
冬になり葉が落ちて。

そして今年、春が来た途端。
この違いはなんだ!!

道路側は、もう既にモリモリに葉が芽吹いてる!
190405庭のブラックベリー東側

でも塀側は、いつも通りのショボショボな芽吹き・・・。
190405庭のブラックベリー西側

お天道様は偉大だね~♪
これだけ脇芽が沢山出れば、今年の収穫は期待できるかなぁ~♪

ってか、たまには私も日に当たる努力をしないとな。
ほぼ日に当たらない生活をしている私は、このショボショボのブラックベリーと同じだ。。。
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category: 動植物

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やっぱり我慢しても良い事ない  

ここ数日、鎮痛剤を我慢していた。
じわりじわりと襲う痛みは、痛みが増しても気が付きにくい。

お医者さんや看護師さんにはよく
「痛みに鈍い人」
と言われる・・・。
過去何人から言われた事か。

痛みを耐えられるんだから、痛みに強いんじゃないのか?と一度聞いた事がある。
すると。
このレベルの状態だと、普通は相当痛い。
それを痛くないと言うって事は、脳の反応が鈍いから痛みを感じないだけ。
だから痛みに鈍いんだ、と説明され、納得(--;)
なるほど私は、痛みを感じる神経が鈍いって事なのね。

しかし、それは幼いころから片頭痛持ちだったから、いちいち痛がって生活してられなかったから、体が慣れたのかも?
ある意味、本能?
脳の検査をした事もあったが、異常はなし。
だがその後も時々、泣いてしまう程の痛みを感じる事もあった。

10代まではひたすら我慢。
親が薬を飲ませたがらない人だったので。
成人後、余りの痛みに自分で鎮痛剤を購入した。
友達が効くよと教えてくれたのだ。
痛みを我慢してるとかありえない!って笑いながら(苦笑)
そしたら・・・。

今までの我慢は何だったんだ!!!!!

世界が変わった気がした。
目の前が明るくなった。
視野も広く感じた。
頭もさえて、思考も前向きに。
余りに効くのでちょっと怖かったぐらい。

しかし長年の習慣はそう変わらない。
それからも、基本は我慢。
泣きたくなるほど痛くなって、周りに迷惑かけるぐらい機嫌が悪くなって、初めて飲む。
周りからしたらいい迷惑だ(苦笑)

30過ぎたぐらいから、痛みが来る予兆が判るようになった。
そこで、予兆を感じたら飲むようにしてみた。
それに流石に、痛くて機嫌が悪くなるって、大人としてどうなの?と思い始めたのもあった。
それは、接客や人づきあいで効果を大いに発揮した。

だから今でも鎮痛剤は手放せない。
でも、長く使うのは流石に体に悪い。
で、ちょっと我慢してたんだけど・・・。

さっき、飲んだ。

やっぱり我慢してても良い事ない。
こんな夜中に、頭さえてどうすんの?って感じだけど(^^;)
体軽くなって動けてどうすんの?って感じだけど(^^;)

薬に頼り過ぎるのはいけないけど。
痛い時は飲んだ方が、心の安定につながるわ(笑)

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category: 心と体

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思い出と生きる、その為の思い出を作るという事(長いです)  

私が、母に少しでも素敵な思い出を残してあげたいと頑張るのは・・・。
一つでも多く楽しい記憶があれば、万が一ボケてしまった時、出来るだけ辛い記憶ではなく楽しい記憶を思い出せるように出来るかも知れない、という事を期待しているからだ。

勿論それは、希望通りには与えられないかもしれない。
もしかしたら何の役にも立たないかもしれないけど、もしかしたら良い結果につながるかもしれない。
何の確証もないけど、やらないよりやった方が良いかもしれない。
努力すれば頑張れば、多少なりとも結果は付いてくる、私はそう信じている。
それでまったく効果が無かったら、それは私の努力が足りなかった結果だろう。

日に日に不安と闘ってる母を見て、このままではいけないと思った。
まぁ母の不安は主に自分のお金の事だったりするので、それは兄が管理してるから私はフォロー出来ないんだけど。。。
些細な会話によって引き起こされる不安や疑問が、病気になった母の脳には大きな影響を与えて、混乱を起こしパニックになってしまう事がある。
私たち家族が引き起こすだけでなく、施設内の方々や介護士さんとの会話でも起こるので、避けようがない。
ただ、そう言う事がこの先、少しでも少なく出来れば・・・。
面倒を見て下さる施設の方々にも、手を患させる事も減るかもしれない。
トラブルだっって回避できる。
何より、母が穏やかに過ごせるはずだ。

そう思わせるのは、ほんの少しの期間だったが、ボランティアで老人ホームに伺っていた時の経験から来る。

音楽療法で楽器の演奏をしに行っていた私達。
昔の曲を演奏すると、思い出して泣いてしまう人、大声で歌いだす人、怒り出す人、嬉しそうに微笑む人・・・。
何の変哲もない童謡などの音楽一つで、それぞれの方の過去の記憶がよみがえり、様々な感情をあらわにする。
その時、いつも穏やかにいつも幸せそうに笑みを浮かべる方が居た。
もしかしたら何の反応もなく、理解力が無い方だったのかもしれない。
でも、もしかしたら、思い出される思い出が、どれも温かく嬉しく楽しい物だったのかもしれない。

人は皆、嫌な思いをしないで生きて来れた人なんていない。
でも、そればかりを思い出してしまうか、楽しかったことを思い出せるか。。。
新しい事をほぼする事が無くなり、思い出と共に生きる人生になった時、幸せな思い出が少しでも多く引き出せれば、例えその人が辛い事が多い人生だったとしても、思い出の中で幸せを感じられれば、穏やかな日々を暮らせるんではないだろうか?
老人ホームでのボランティア活動で、私はそんな事を感じ取った。

母もこれから、思い出と共に生きる生活になって行く。
今の所、思い出されるのは辛い悲しい事ばかり。
昔から愚痴の多い人だったので、私はずっとその聞き役になっているのだけど、幸いなことが一つある。
元気だったころはその思い出を前向きにとらえるよう促しても、自分の苦労を認めて貰えないと怒る母だったが、最近は少しずつ、笑って「そうかぁ、そうも考えられるわね。」等と余裕の返しが出来る時がある。
そうやって、過去の辛い思い出も、もしかしたら上書き出来て、楽しいまで行かなくとも、それほど悪くもなかったという思い出に出来るかも知れない。

私自身、小学3年生の頃に起きた、どうしても消えない辛い思い出がある。
その思い出は、この先も一生抱えていく事だろう。
私が母の年になった時。
まぁ、それまで生きてるかどうかわからないけど、長生きできた場合。
施設にお世話になれるかどうか?等の、老後の心配は置いといて。
意思疎通が出来なくなった人でさえ、過去を思い出す事は出来る。
その時、例え事実と少し違っても、楽しい思い出にして蘇る方が・・・。
それを思い出す暇がない程、楽しい記憶を思い出せれば・・・。

あの穏やかな顔をしたご老人の様に。
人にはわかってもらえずとも、心が穏やかにいられれば。
それはきっと、幸せなのではないだろうか?

そんな風に、今私がしようとしている事は、先の事を思っての行動。
この行為によって、私がどう思われるかなんて気にしていないし、自分が犠牲になってるとも思わない。
勿論、それによって誰かから見返りを貰えるなんて思ってもいない。
私がやりたくてやってる事で、ただ、邪魔をされたくないだけ。
専門知識は全くない私だが、家族だからこそ、家族にしか出来ない、思い出作りと言う物があるのではないかと。
そして何より、母が穏やかでいてくれる事こそが、私の人生を豊かにしてくれることに繋がる。
そんな風に思うのです。
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category: 家族

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もう少しで退所の母  

世の中が新元号発表に騒がれていた昨日。
久しぶりに母の見舞いに行ってきました。
本当は他の用事を済ませてから行こうと思っていたのですが、病み上がりと言うか、まだ体調が万全ではなく、お腹の調子も今一つなので、1日出歩くのはちょっとしんどくて、母の見舞いにだけ夕方出かけました。

夕食の時間だったのですが、席に着かず立ち話をしていて、なんだか隣の人に不安になる話をされたみたいで・・・。
多分母が、施設の退所を喜んでいたんでしょうね。
それを羨ましかったのでしょうか?
「施設は退所できない、施設が裏工作して出られないようにするんだから」と言われたんだと。

でももしかしたら?
そんな話はされていないけど、母が正しく会話を認知出来ていないのか?
こういう不安のある日は脳の回路が上手くいかない様で、その後も色々調子の悪い会話が続くんです。
ただ、まともな会話もできるので、どこが母の誤解で、どこが正確な情報で、何が本心で何が嘘なのか?

兄との事も、兄が私に説明している事と違う事を母に言ってるようで、それが私のせいになっていたり・・・。
でも、兄の性格上、説明するのが面倒で、「知子がこう言ってるから云々・・・。」と、母を納得させる事は、過去の経験から大いにありうることで・・・ただそれは私が思ってもいない事だったりして。。。
馬鹿正直でごまかしや嘘が嫌いな私は、始めの内はそれが嫌で嫌で、イライラやストレスがマックスになり体を壊したりしていました。
でももう最近、最悪私が悪者になっても、それで母が納得できるのならと我慢してるのですが・・・。
結局その言葉が更に母の不安をあおっていたりするものだから、後から私がフォローするのが大変で(--)
母は母でその疑問や不安に思った事を兄には一切話さないので、その現状を私から兄に報告しても、暖簾に腕押しで全く相手にされない。
もうこれ以上、兄にどう伝えれば良いのかわからなくて・・・。

さてはて、この悪循環をどうしたものか・・・?
と、おもいながら、土砂降りの中帰ってきたら、具合が悪化。。。
今日も一日、居間で横になりながら、ワンコの世話だけしていました。

実は更に他に、私の気力がなえる事もありまして。
母との生活をゆっくりのんびり3ヶ月、楽しい大事な時間にしようと思っていたのですが。
次の施設の利用日の都合で、我が家に居られるのは1カ月半程になってしまい。
「入所日を決めた」と兄から連絡が来て、理由が理由なので私の我儘で先延ばしには出来ないし、仕方がないので納得しましたが、正直しばらくガッカリし過ぎて何もする気になれなくて。

更に母は、ずっと私と生活できると思い込んでしまっていた様で・・・。
先日の外泊の時、母が元気だったころ事前に見学済みで、私に「何かあったらここに入りたい」と教えていた施設に入れることになったので喜んだわけなんですが、そこに居るのは短期間でまた我が家に来れると思っていたらしく・・・。
思ってた以上長い期間施設に居る事を知り、
「お兄ちゃんから何も聞いてない!そんな遠くに行きたくない!お兄ちゃんは何で私を施設に入れたがるの?」
「寂しいずっと知子と居たい。」とギュッと手を握って見つめられ。。。
「お兄ちゃんは、知子も仕事があるから3ヶ月も一緒に住めないんだよって言ってた、そうなの?私いちゃダメなの?でもずっと一緒に住めるのよね?」と・・・。

正直、心が痛い、辛い。
こういう情に訴える話し方、私にしかしないんです。
兄には一切見せないらしいんです。
聞き分けの良い母親の様で、だから兄に話しても本気にして貰えない。

そして、母の話が本当なら、私は3ヶ月過ごすつもりで出展も幾つも断ってる、私の仕事が理由で3ヵ月が1カ月半になったんじゃない!!施設が早く入所しないと次が無いと言ってきたから早く入所日を決めたと、兄に言われてしぶしぶ納得したのに・・・。
母を納得させるつもりで付いた嘘だとしても、これは悲しすぎる。。。
もう私が鬼になるしかないのか?
正直、母も兄もずるいです。
えぐられるような思いをしてるのは私だけなの?

一つだけ言えることは、1カ月半と当初の予定より半分の日数になってしまった母との時間ですが、後悔の無いよう思いっきり楽しくて素敵な思い出を沢山作ってあげたいと思います。
勿論私の出来る範囲の事なので、高級な事はしてあげられません。
3ヵ月居られれば後半頃出来るかな?と思っていた、庭のブラックベリー摘みも、それを使ったジャム作りも、残念ながら出来ないし・・・。
私には、そんな素朴な思い出しか作ってあげられないので、何か他を考えなくちゃ!

本来リッチな事が好きな母なので、本当は兄と過ごした方が母にとって幸せな思い出が出来るのかもしれないけど、兄は母の面倒を見れないので、私でごめんねと思いながら、限られた時間の中、出来る限りの事をしてあげたいと思います。
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category: 家族

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手造りかりんとう  

体調が今ほど悪化する前の話。
因みに、体の痛みは鎮痛剤でごまかし中(^^;)

TVでかりんとうを手作りしていて、お!作ってみよう♪と初トライ!
TVのレシピは牛乳を少し入れていたので柔らかめの仕上がりだった様子。
でもかりんとうは、硬くなくっちゃ!
最近の市販のかりんとうも、柔らかいと言うか、サクサク軽くて物足りない。

ってな訳で、牛乳は入れず。
オリジナルレシピで、ってか適当に(^^;)
小麦粉に水と砂糖、塩少々と白ごま入れて、形はTVを参考に揚げ!
煮詰めた砂糖に冷蔵庫に残ってた黒蜜を入れて蜜づくり。
190316手造りかりんとう
昔ながらの、ガリボリ言う程の硬い、美味しいかりんとうが出来ました!(^^)

後日、豆乳を少し混ぜて作ってみたら、柔らかくて物足りなかった。
やっぱりかりんとうは、歯が負けそうなほど固くなくっちゃ(笑)
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category: 食日記

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ほぼ愚痴のぶっちゃけ話だけど、様は頑張るって事!※長文  

今月に入ってからずっと調子が悪かった。
原因はわかってる。
先月の兄宅での外泊が急遽変更になった、ワンコ連れでの母宅への外泊。
勿論私も一緒、完全にこれの疲れが抜けなかったからだ。

ぶっちゃけると。
外泊の準備から、外泊中のワンコの世話や、母の世話。
母の事で兄と揉めたり、兄が見てない間の片付けや気遣い。
二人を起こさないようにと夜中ワンコの夜泣きを防ぐ為、結局一睡もできなかった、等々・・・。

計画立てて、やるべきことは全てこなせて、よかった外泊だったけど。
影でサポートした私は、既に体力気力使い果して、体ボロボロだったのでした。

しかし家に帰ってからも、母宅から持って帰って来た洗濯があり。
羽毛布団
ポリ綿掛布団
ベットマット×2枚
電気毛布×2枚(1枚は起毛のある中綿付きの物)
カーペット
ラグ
マルチカバー
母のアンサンブル&スカーフ
これ等の洗濯が、まぁ匂いと汚れが酷くって・・・。

基本丸1日漂白剤で消毒つけ置きをして洗うのですが、それを2回しないと匂いと汚れが取れない。
中には、2度洗いでもダメで、乾燥させてブラシをかけて、掃除機コロコロ等で汚れを取り除いてから、3度目のつけ置き洗いをした物も。
電気毛布は漂白剤や長時間のつけ置きは危険だろうと、更に手間がかかって。
何故なら、電気毛布をワンコ用に使っていた様で、洗濯すると、水を含み膨張したトイレシートの吸水ポリマーが、フェルト状になった毛布の起毛の中に絡まり付いていて、何度も、洗っては干しブラシかけて掃除機かけてまた洗って・・・。
なのに帰宅した途端、春の雨で都合よく洗濯物を干せず。
そりゃぁもう、本当に大変でした(TAT)
クリーニング代にしたら、相当働いたよ!(笑)

全ての洗濯が終わったのは約1週間前。
これでやっと自分の事が出来る!と思ったら。
体中が痛い。。。

右肘が痛いのはもうこの2ヶ月ずっとだけど、それ以外にも手や指の関節、脚、肩、腕、頭まで。
何故かヘルニア持ちの首は痛くない?
一体、私の体に何が起こってるんだ?!
肘が痛いだけで日常生活に多少の支障が出ていたのに、これではまるでナマケモノの様な動くスピードに(--)

すると3日前、突然の下痢。
丸々2日、完全に水下痢。
しかも、2日間とも激しい腹痛。
トイレに行く度、水下痢噴射(TAT)
熱も出て・・・。

ワンコを動物病院に連れていこうと思っていたのですが出来ず。
母の見舞いに行こうと思っていたのですが出来ず。
ギャラリーにも仕入れにも行きたいのですが出来ず。
それでも、ワンコの世話は待ってはくれないので、完全に寝込む事も出来ず。
と、辛い2日間を乗り越え、今日もまだ軽く腹痛が残るので外出せず。

毎晩ワンコが、夜中の3時にウンチでおむつ替え。
それが終わっても、寝つくまで時間がかかる。
結局私が寝るのは朝の5時ごろ。
そんな毎日で疲労がたまっている所に、元々体が弱い私が無理をしなくてはいけない事が続いているので、そろそろ体が限界に達している気がする。
しかし、もう1回、無理がたたりそうな計画が・・・。

母が施設を出た後、すぐ病院に行って薬を貰わなくてはいけなくて、それを我が家の近くの病院ではなく、元々通ってた病院に連れていく事になり。
しかしそこまで、我が家から車で高速使っで約2時間。
初めの話では日帰りですると言う話だったので、私も付いていく話で事が進んでいたのですが。
病院を2軒回らないといけないから、兄が泊まりで行くと言ってきて・・・。

でも、またワンコ連れで母宅行くのはどれだけ大変か。
病院は母宅に行く途中、母宅からは1時間半ほどかかる。
病院に居る間、介護が必要な犬を車に放置はできないし。
今回に限ってはワンコを連れて行くのは、絶対無理!!
つまり、「泊りだと私はいけないよ。。。」と。
本来、一緒に生活するのは私なので病状を聞いておきたいのですが、それを諦めて兄一人に任せると、一旦は話したのです。
が・・・。

母宅に泊まるとなると、お風呂はマンション内の温泉大浴場しかない。
となると、
誰が母を、お風呂に入れるんだ?
一人では危なすぎる!
兄は温泉に入るだろうに、温泉に入りたがってる母は我慢なのか?
そんな可哀想な事は出来ない!
って話になり。
ケアマネさんにヘルパー頼めないかと兄に聞くと、それは出来ないと言うので・・・。
結局私が一緒に泊りで行く事に。。。

そしてワンコをどうするか?と言うのは、
父に我が家に来てもらい、泊りで世話をして貰うことに。。。
なったのだけど・・・多分、完ぺきには出来ないので。
帰宅後、私はまず、犬の世話や大変な片付けが待っているだろうと予測され。
その流れのまま、母との生活も始まる訳で。
色々それまでに買出しやらなんやら出来る事しておかなくてはいけなくて。
勿論父の為に、食事も用意しておいてあげたいし、帰宅後に感謝の晩御飯もしてあげたいし。

と、まさかの約束と違った泊まりの通院が、正直気が重いのですが・・・。
こんな体力のない人間が頑張ってるんだから、きっとそのうち良い事あるさ!!
神様は見てくれてる!
ご先祖様は見てくれてる!
私は間違ってない!
そう思って頑張っています(笑)

でも、一応あと2日ぐらい、大事を取って休みます(笑)
基礎体力の違う人にはなかなか理解してもらえない話ですけどね(苦笑)

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category: 心と体

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庭の椿に嬉しい変化  

我が家の椿は春に咲きます。
品種のわからない、元々庭に植わってた椿です。
引っ越して初めての年、大輪の花を枝一面に咲かせてくれました。
しかし残念な事にその花は・・・。
八重と一重の混ざったような、ど派手なショッキングピンク色をした花だったのです。
私は、一重で赤か白の椿が好き。
庭の大半を占めているその椿、とても残念な気持ちになりました。

花が終わり、ベランダや道路に出る程の大木だった為、強剪定しました。
でも、さすが椿!
主の幹をバッサリ半分に切ったにも拘らず、全然大丈夫!
しかし、翌年からあまり花が付かなくなってしまいました。
私の剪定がヘタなのと、そもそも時期が間違ってるのかもしれません。
こうして花付が悪くなった椿でしたが、毎年少しだけ花をつけていました。

それは、とてもとてもゆっくりと。
私だけが気が付く程度の、変化を起こしながら・・・。

そして遂に今年!
劇的に変わりました!!
これがその証拠!

と言っても、何せ好みでない花だったので、写真がほぼなくて・・・。
唯一2014年に取った物が残っていました(^^)
違いが伝わると良いんですが・・・。

2014年3月27日
140327雪で折れた庭の椿を活けた
季節外れの大雪で折れてしまった椿を活けておいたら花が咲いたので撮った写真です。
椿の花、ピンクです。
折れた花芽を水栽培で咲かせたようなものなので、これは色味が薄いです。
折れずに残っていた花は、ローズピンクに近い色をしていました。
これは、引っ越してきて2年経った状態。
既に、どぎついショッキングピンクではなくなってきていたんです♪

そして今年の椿
190320庭の椿
もう、殆ど赤です!!(^^)
こんな事があるのでしょうか~?!

嬉しすぎます♪
土壌のペーハーでも変わったんでしょうか?
そして椿って、pHに影響受けるんでしょうか?
理由はわかりませんが、今後もっと真っ赤になってくれたら嬉しい♪

昨年剪定できなかったので、そろそろベランダに追い付いてきました。
なので、この花が終わったらまた半分サイズに剪定する予定ですが・・・。
この色味なら、庭の大半占めててもありかなぁ、なんて思ったり(笑)

赤い椿。

また一つ、春の訪れが楽しみになりました(^^)
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category: 動植物

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削り作業  

地味な写真だが、工程も地味な、ドローイングハートの削り作業。
190314ドローイングハート削り作業
5時間削り続けて9個成形できました。

だがしかし肘が痛い。
1月半ばに痛めた肘が、同じ姿勢で作業をするから強張って、伸ばすと激痛。
一時、急須も持てなくなり・・・。
いい加減整形外科行こうかと迷い中。
って行ってもただの加齢と言われそうで嫌なんだけどね。

そんなんで、力が入ると痛むのでずっと作業をしていなかったんですが。
少し軽くなってきたから、削り位は出来るだろうと作業再開したら悪化しましたとさ。

ボチボチ無理せず少しずつ、時間はちりつも!コツコツ頑張ります!
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category: 作家活動のあれこれ

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